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小説を書く人へ

社畜の宿命で僕はこの4月から激務の部署に移ります。異動にともなうもろもろの雑事におされてブログを続ける時間がとれそうにありません。小説を読む時間は無理してでも取ろうとは思うのですが、今までのように、文芸誌に掲載されているうちの、屑みたいな習作を我慢して最後まで読み通す(そしてその腹いせに罵倒のことばをここにかきつける)なんてこともできそうにありません。反対に、発表されたらすぐ忘れ去られてしまうかもしれない、けれどこの傑作の感想だけは書いておかねばと思わせてくれる小説の感想を残す時間もなさそうです。まして休日に図書館に通うなんてしばらくできそうにありません。

どうせなら社史編集室とか、9時5時勤務で日がな地下室にこもって会社あての封筒を開封する業務(本当にあるのかどうかしらないけど)でもさせてもらえれば悠悠自適に小説を読めるのかもしれないけれどそれはまだまだ僕の年齢では許してくれそうにもない仕事です。体が動くうちは会社のために働くよ!

という事情ですので更新は今後ありません。あるとしてもいつになるかわかりません。ということで最後に、小説を読む人から書く人(あるいは書こうと思っている人)へのメッセージです。


小説を書く人へ。

小説を読む人はたくさんいて、本も一人の人間の限られた一生では読みつくせないほどたくさん出版されています。読む人は貴重な時間のなかで、そのいくらかを小説を読む時間にあてています。限られた時間のなかで、まだ読んだことのない「新しい」小説に出会えることを夢見て小説を読み続けています。砂漠のなかで砂金粒を探すよりは確率が高いかもしれないけれど、それでも僕は文芸誌のみに限っても年100作品以上を読み続けてきてそういう「新しい」と思える作品に出会えたのは、2、3作品にすぎません。文芸誌以外を読んでいる比重のほうが高いもののそれをいれても10作品にいくかどうかです。

小説を書く人へ。

あなたの書く作品は「新しい」小説でしょうか。すでに誰かが書いている作品の、たんなる真似っこになっていませんか?何度もいうけれど、世の中は本であふれかえっています。読む人には選択肢が無限にあります。その無限の選択肢のうちから、何としてでもあなたの作品を開きたいと読者の指にうったえる作品をあなたは書いていますか? その無限の選択肢のうちから、何としてでもあなたの作品の一行を読みたいと読者の眼にうったえる作品をあなたは書いていますか? その無限の選択肢のうちから、何としてでもあなたの作品を暗唱したいと読者の喉にうったえる作品をあなたは書いていますか?その無限の選択肢のうちから、何としてでもあなたの作品の存在を他の読む人にも伝えたいとうったえる作品をあなたは書いていますか?

小説を書く人へ。

あなたの作品のライバルは、『ユリシーズ』であり、『失われた時をもとめて』であり、『ロリータ』であり、『響きと怒り』であり『百年の孤独』であり『カラマーゾフの兄弟』であり『モービ・ディック』であり──ほかにも数え切れぬほどのライバルたちがひしめいています。彼らがすでにどっかり自分の椅子に腰をおろしています。あなはたそのうちの、誰かの椅子に座ろうとしていませんか? 僕が読みたい「新しい」小説は、そういった既存の作家たちが必死に作り上げてきた椅子を、ずるがしこく掠め取ろうとするような小説もどきではありません。そうではなくて、不恰好でもいいから、無様でもいいから、どんなみてくれでもかまわないから、まだ誰も坐ったことない椅子を必死に作り上げようとしている、小説です。『百年の孤独』を水っぽく薄めた小説もどきを読むなら、読む人は『百年の孤独』を再読します。再読すれば読む人にはもうあなたの小説を読む時間も意味もありません。読む人が求めているのは、これまであまた書き継がれてきた小説のなかにあっても、他の作品をもって代えがたい、あなたの作品にだけしか占められない席を確保した(確保しようとあがいている)小説です。既存の作品の粗悪な模造品を読む余裕はありません。

小説を書く人へ。

あなたの作品のライバルは、小説に限りません。読む人には小説を読む以外にも、詩、歴史書、ルポルタージュ、統計資料、その他さまざまの読むべきもの、さらにさらにテレビ番組、映画、音楽、旅、外食、テレビゲーム、インターネット、囲碁将棋、アウトドア、スポーツ、もう無数のライバルがいます。それらのどれに読む人が余暇を充てるかは自由です。あなたの作品は、見たい映画を後回しにしてでも読ませる力をもっていますか? あなたの作品は、行きたいコンサートを我慢してまで読ませる力をもっていますか? くどいほど言うけれど読む人の時間は限られています、その限られた時間のやりくりのなかであなたの作品を手に取るのです。

小説を書く人へ。

たくさんのライバルで満たされた小説宇宙に、どんなライバルたちで犇いているのか知らず丸腰で飛び込んでいくのは自殺行為です。自分が死んでいることもしらずに小説もどきを書き続けるあなたに言ってやりたい、「おまえはもう死んでいる」。あなたがしたり顔で到達した惑星にはすでに、100年前に到達した書く人の旗が立っています。もし苦労して到達した世界が既知の惑星だったならそんなやりきれないことはないでしょう。ライバルたちを知ってください。どんな星が、どれくらいの輝度で、どのあたりに輝いているのかを知るために、日々、自分の天体地図を更新していってください。更新されない地図にたよって小説宇宙を泳ぐ「ベテラン」作家たちの宇宙船はもう燃料不足状態です。そんなものお手本にする価値はありません。お手軽にツアー旅行できる距離の星へ宇宙船を定期運航する仕事は、他の作家に任せてあげてください。あなたにしか到達できない星を目指すには、小説宇宙の詳細で最新の航海図が必要なはずです。どうか航海図を圧倒的な勢いで更新し続けてください。

小説を書く人へ。

どうか、新しい小説を書いてください。あなたの、渾身の力をこめた新しい小説を待っている読む人は絶対にいます。発表してすぐはいないかもしれません。けれどあなたの小説が真に新しいならば、5年後10年後20年後もしかすると100年後の読者に確実に届くはずです。あるいは日本語以外のことばのなかであなたの作品を待ち続けている読む人もきっといます。だから、どうか、既存の作品や時代に媚を売ってすり寄るのではなくて、あなたの身辺雑記でもなくて、あなたの社会生活の単なる不満や性欲のはけ口でもなくて、あなた以外の誰もまだ到達したことのない世界を、ぜひあなたのことばで読む人に見せつけてください。僕はもう、文芸誌のすべての作品に目配りする余裕はありませんが、それでも小説は読み続けます。文芸誌の目次に数少ないながら忘れ得ぬ書き手の名前を見つければ無条件でレジに走ります。新規に刊行される作品に読むべきものがなければ既刊の忘れ得ぬ小説のページを時間の許す限り何度でも繰ります。いつまでも、読む人たちは新しい小説の登場を待っています。


小説を読む人より。
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小説を読む人のための100冊(2014年版)

リスト作成にはリスト漏れがつきもので、欠落を見つけるたびにリスト更新する弥縫策によってなんとかリストをその時点その時点で「まし」な状態にとどめておくことが作り手のせめてもの良心なのかもしれません。というわけで、2013年初めに記事にした「小説を読む人のための100冊」リストは、作成後しばらくは入れ忘れや、同一作家の作品でもよりいい作品が見つかった際にはその都度書き直し修正をしていたんですが、次第にめんどくさくなり(笑)、いっそ2014年の時点で一気に更新するのがよかろうと一人合点、よって今回の記事を書いているという運びになります。

リスト入り基準は2013年のときと同じです。

  ・比較的手に入りやすいもの
  ・現代の読者にとって読む意義のあるもの
  ・読んで触発されるもの
  ・読んで楽しいもの
  ・再読したくなるもの
  ・これから深く本を読んでみようかなと思っている人にむけたもの

という感じ。2013年版のリストに、入れ忘れたものや、2013年中に読んで面白さを(再)発見したものなどを加えて新たに100冊リストを作成したのが2014年版。14年版になるにあたって脱落したものは、新規リスト入りした作品に劣るというわけでは必ずしもなく、なんとなくです(笑)。2015年版がもし仮にあるならカムバックする作品もきっとある。また単著のタイトルであるかどうかは無視して作品名はすべて二重鍵括弧(『』)でくくってあります。


◆除外
・石坂洋次郎『青い山脈』
・武田泰淳『ひかりごけ』
・中上健次『枯木灘』
・中原昌也『あらゆる場所に花束が……』
・百田尚樹『永遠の0』
・松浦寿輝『不可能』
・吉屋信子『花物語』
・トルストイ『アンナ・カレーニナ』
・ロンゴス『ダフニスとクロエー』

◆追加
・荻世いをら『宦官への授業』:感想は過去記事参照
・鶴川健吉『すなまわり』 :過去記事参照
・花田清輝『群猿図』 :戦国時代と学生運動の時代とを「猿」で重ねるレトリックは絶品です。「群猿図」単独なら岩波文庫の『日本近代短篇小説選昭和篇3』、「群猿図」含む連載全部の『鳥獣戯話』なら講談社文芸文庫版で。
・北条民雄『いのちの初夜』 :リストに私小説らしい作品を忘れていたのでこの作品を。
・山田風太郎『太陽黒点』 :山風先生ファンとしては痛恨のリスト入れ忘れ。忍者もの以外ならまずこれ。
・エイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』:へっぽこ英雄が活躍する(しない)神話。岩波文庫版なら多和田葉子の解説つき。
・クッツェー『鉄の時代』 :2013年に読みました。初期作品は理に落ちる感じがしていまいち好きじゃなかったのですがこの作品には知的なポエジーがあふれていて忘れられない一冊になりました。
・ラブレー『ガルガンチュア』:入れ忘れ。大きいのはいいことだ!
・ローレンス・スターン『トリストラム・シャンディ』 :入れ忘れ。古いものこそ新しい!サルバドール・プラセンシア『紙の民』とはたしてどちらが新しい小説でしょうか。

◆更新
・木下古栗『新しい極刑』 :過去記事参照
・吉村萬壱『ボラード病』:過去記事参照
・フランツ・カフカ『断食芸人』:文学史的には『変身』や『審判』『城』なのだけれど今読み返すならこれ。アメトークは関係なし。
・フローベール『ボヴァリー夫人』:僕は断然『感情教育』のほうを面白く読みますが2014年は『ボヴァリー夫人』の年ですね。
・リチャード・パワーズ『ガラテイア2.2』:将棋において現役A級棋士がコンピュータに敗北した2013年。日本屈指の詰将棋作家の訳で「小説の文章を作成する人工知能」開発のフィクションを読むのはタイムリーです。星新一賞を人工知能が獲得する日も遠くないかもしれません。


というわけで2014年版の100冊リストです。ご笑覧ください。

芦原すなお『青春デンデケデケデケ』
阿部和重『シンセミア』
安部公房『他人の顔』
池澤夏樹『静かな大地』
石川淳『紫苑物語』
いとうせいこう『想像ラジオ』
泉鏡花『高野聖』
絲山秋子『妻の超然』
井上ひさし『吉里吉里人』
今村夏子『こちらあみ子』
岩井志麻子『ぼっけえ、きょうてえ』
江戸川乱歩『盲獣』
円地文子『女坂』
円城塔『松ノ枝の記』
大江健三郎『万延元年のフットボール』
大岡昇平『野火』
岡本かの子『老妓抄』
荻世いをら『宦官への授業』
織田作之助『夫婦善哉』
開高健『日本三文オペラ』
梶井基次郎『檸檬』
金井美恵子『柔らかい土をふんで、』
川上未映子『ヘヴン』
川端康成『眠れる美女』
木下古栗『新しい極刑』
桐野夏生『残虐記』
小島信夫『抱擁家族』
後藤明生『挟み撃ち』
小松左京『日本沈没』
司馬遼太郎『燃えよ剣』
島尾敏雄『魚雷艇学生』
庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』
諏訪哲史『アサッテの人』
高橋源一郎『ジョン・レノン対火星人』
太宰治『斜陽』
谷崎潤一郎『細雪』
多和田葉子『飛魂』
鶴川健吉『すなまわり』
中島敦『文字禍』
夏目漱石『吾輩は猫である』
野上弥生子『秀吉と利休』
野坂昭如『エロ事師たち』
花田清輝『群猿図』
林芙美子『放浪記』
深沢七郎『楢山節考』
二葉亭四迷『平凡』
北条民雄『いのちの初夜』
舞城王太郎『煙か土か食いもの』
町田康『くっすん大黒』
丸岡大介『カメレオン狂のための戦争学習帳』
丸谷才一『輝く日の宮』
三島由紀夫『豊饒の海』
水村美苗『本格小説』
宮部みゆき『模倣犯』
村上春樹『ノルウェイの森』
村上龍『限りなく透明に近いブルー』
モブ・ノリオ『介護入門』
森鴎外『牛鍋』
森見登美彦『太陽の塔』
安岡章太郎『海辺の光景』
山田風太郎『太陽黒点』
吉村萬壱『ボラード病』

アゴタ・クリストフ『悪童日記』
インドラ・シンハ『アニマルズ・ピープル』
ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』
ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!』
ウラジミール・ナボコフ『ロリータ』
ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』
エイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』
エミリ・ブロンテ『嵐が丘』
カート・ヴォネガット『スローターハウス5』
ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』
ゴーゴリ『鼻』
サルバドール・プラセンシア『紙の民』
ジェイン・オースティン『高慢と偏見』
ジェローム・デイヴィッド・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』
ジュール・ヴェルヌ『海底二万マイル』
ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』
ジョゼフ・コンラッド『闇の奥』
ジョン・アップダイク『クーデタ』
ジョン・マクスウェル・クッツェー『鉄の時代』
スタンダール『赤と黒』
セルバンテス『ドンキホーテ』
ドストエフスキー『罪と罰』
トマス・ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』
トマス・マン『魔の山』
トルーマン・カポーティ『冷血』
ハーマン・メルヴィル『白鯨』
フランツ・カフカ『断食芸人』
フランシス・スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』
フローベール『ボヴァリー夫人』
ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』
ホメロス『オデュッセイア』(松平千秋の訳で)
ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』
マーク・トゥエイン『ハックルベリ・フィンの冒険』
ミシェル・ビュトール『心変わり』
ラブレー『ガルガンチュア』
リチャード・パワーズ『ガラテイア2.2』
レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』
ローレンス・スターン『トリストラム・シャンディ』


2014年もよろしくお願いいたします。皆様にとって忘れられぬ作品に巡りあえる一年でありますように!

2013年の文芸誌上発表作ベスト5

2013年内の更新はこれが最後。今年文芸誌上に発表されて僕が読んだ作品のなかからベスト5を発表するというオナニーランキング。詳しい感想はそれぞれ既出ですので、気になる方は当該記事をご覧になってください。ワーストは発表しません。星ひとつはおしなべて「読んで損した」「腹たった」で僕には理解不能なものばかり。けれどその中には僕の読みが追いつかず理解できていないだけで、もっと読書経験値積めば読めるようになる作品も含まれているかもしれません。


1.吉村萬壱「ボラード病」『文學界』2014年1月号
映像化できない、小説で可能なことをやってのけた傑作。なにはともあれ今読んでほしい。そして10年後、20年後、100年先にだって読み返される価値ある作品です。偽善や欺瞞、安易な感傷を撥ねつけるこの書き手の厳しさ、正直さはこの作品に極まっています。日本語で読めるディストピアものの金字塔がここにうち建てられました。

2.木下古栗「新しい極刑」『すばる』2013年10月号
さまざまの外国語に訳しても全く違和感なく通用するはずの作品。人間やアート(芸術・技術)にまつわる紋切型が饒舌な語りのなかで意味を次々と新生させていきます。比喩ひとつとってもロボット工学や医学用語が読み手に違和感抱かせることなく作品に埋め込まれていて(たとえば「不気味の谷」)、作品の糧となった情報の量と質には敬意を表する以外ありません。この小説の誕生に立ち会えてよかった!

3.いとうせいこう「想像ラジオ」『文藝』2013年春号
読了後死んだ祖父の声が僕にははっきりと聞こえてきました。世間的な評価や文章表現がどうだろうと僕個人にとって忘れられない作品です。

4.荻世いをら「宦官への授業」『文學界』2013年12月号
この書き手の一つの到達点です。「ある」と「ない」の間を行きつ戻りつしながら進行するこの作品は紛れもないフィクションです。一方そうでありながら、たとえば歴史認識を巡って南京事件/大虐殺は「ある」「ない」とか、(いわゆる従軍)慰安婦は「ある」「ない」とかいったホットな話題ともリンクする、しかしそれらを直接は扱わない搦め手のアクチュアリティ(?)のある作品です。

5.鶴川健吉「すなまわり」『文學界』2013年6月号
同回の芥川賞候補作中ではこれが一番よかった。精巧なレンズで接写するかのような描写と五感に働きかけてくる表現はこの書き手の強い武器であることを証明しました。この観察眼を書き手本人にとって馴染みのうすい世界のことにも適用できればきっと本物です。


こんな感じです。未読の作品や苦手な書き手の作品は読む前から敬遠しているのでその中に傑作が埋もれている可能性もあります。だけど文芸誌だけを読む人というわけじゃないので手が回りません。

とりあえず一年をざっと振り返ってみると、当初思っていたよりは駄作が少なかった印象です。5作品読めば1作品は星4つ以上、つまり2割は読む価値があるということであって、これはなかなか。単行本買うより値段は安いし、であれば文芸誌のコストパフォーマンスはわりにいいとも思えます。全国の高校で芥川賞受賞作を購入するところだって少なくないとはずなので、そうであるなら売上向上と未来の読者に唾つけるつもりで学校図書館に営業かけるとかしてみるといいのかもしれません。が、とてもじゃないけどそんな人手も予算もなさそう(笑)。文芸誌受難の時代ですが各誌編集部頑張ってください。ときに悪口いいつつも、誠実な仕事にたいしては応援を惜しまないつもりです。

今年一年、僕の読書感想文につきあっていただきありがとうございました。来年もよろしくお願いします。皆様にとって来年がよき一年となりますように!!

純文学は今後どうなるんでしょう

ブログをはじめてほぼ一年。純文学系の雑誌から適当にチョイスした作品の感想を書いてきて、だいたい120篇ほどになりました。その間いろいろ思うことがあったので、きりのいいタイミングですし、その思うことを書いておこうと思います。

産経msn.comに、石原千秋の8月文芸時評が掲載されています。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130728/bks13072814230000-n1.htm

そのなかで、「文学賞の選評を読むと、知性のなさや教養のなさに驚かされることがある」とあって、ちょうど黒川創「暗殺者たち」の選評にたいする黒川創の批判のことを掲載しています。「暗殺者たち」は、ジャーナリスティックな記事でもできない、アカデミックな論文でもできない、小説という形式ならではの達成をした素晴らしい作品でした(僕の感想はこのブログに書いていますので繰り返しません)。この一つの達成を、選者という立場から一刀両断してしまった高村薫の選評を読んだとき、僕はつい「大逆事件のことって結構知られているのか。「暗殺者たち」を読んで感動したのは僕の単なる無知ゆえだったのか」と思ってしまいました。が、翌月号の新潮で、編集長の英断によって黒川創の声が掲載され、それを読み終えたとき、高村薫の選評になんともいいようのない憤りを感じました(町田康の選評は選考会で高村の意見に押された結果なんだろうと推測します)。

「そんなことよく知られている」「そんなこと常識だ」というのは、本当によくある他人の叩き方で、もちろんその通りのことがままあることは認めつつも、一方で、「エラい」立場の人がそうでない人を一蹴するときに使われる決まり文句でもあります。いわれた方は、リサーチ不足あるいは世間知らずと言われたことに負い目を感じて口をつぐまされてしまう。「暗殺者たち」選評をめぐる問題の場合、黒川創が条理をつくしてまっとうな声を上げているわけですから、高村薫はその声にたいして応答する義務があるでしょう(石原千秋のいうとりだ!)。「暗殺者たち」に描かれた大逆事件あるいはその関係者たちの記述が、いったいどういうよく知られた文献や定説にすでに書かれているのか。そう判断した根拠をきっちりと示すべきです。あやふやないいまわしてでそんなの常識だ」と言いっぱなしではあまりにもひどすぎる。

たとえばこの作品、丸谷才一が書いたものであったなら同じ選評だったろうか、とありえない想像をしてみました。実際、この「暗殺者たち」を読み終えてしばらくして、「サンクトペテルブルク大学で講演した日本人作家と、その講演を聞いていたロシア人女子大生が、恋仲になってベッドインしたら丸谷才一の作品だなあ」と勝手に想像したわけです。で、この作品をもし丸谷才一が書いていたとしたら、おそらく、同じ作品、同じテクストを扱っていたとしても、髙村薫(や町田康)の選評は同じものだったか。きっとそうではないでしょう。これはありえない想像にありえない想像を重ねたものなのでもう、妄想といってもいいものですが(笑)、この想像を通していいたいのは、ときに選評が、作品そのものを評価するのではなしに、単なる新人叩き、あるいは候補者叩きの道具になってしまうということです。

こんな風に、賞の選評には疑問を感じるものがままあります。

先の石原千秋の記事では、「選評とは異なるが、「群像」の「創作合評」なども往年の精彩をまったく欠いているし、「侃侃諤諤(かんかんがくがく)」に至ってはあまりのつまらなさに絶望的な気分になる。総じて、最近の文芸誌は批評精神を失っている。」ともありました。これも本当にそう感じます。「暗殺者たち」の翌月の「創作合評」では、「暗殺者たち」という力作はスルーして、いとうせいこう「想像ラジオ」と、前月群像の星座特集短編のなかから二篇の評。評者に片山杜秀を呼んでいるにもかかわらず「暗殺者たち」を評しないのは、編集者の能力のなさ、片山杜秀という貴重な人材の無駄遣いを露呈した創作合評でした。ほかにもいろいろ失望する企画や作品が掲載されていたので今月から『群像』は買わないことにしました。

傍目からはよくわからないルールで動いている作家たちや出版社や編集者たち(人間関係とか会社の事情とか仕事のノルマとかあるのでしょうけど)とは別に、なんのしがらみもない僕が、それでもそこからスルーされてしまったり、無視されてしまったり、たいして取り上げられなかったりする作品のすごさを、ひとりでも多くの人に伝えたい。自分の備忘録的利用以外には、そういう気持ちで書きはじめたブログです。逆に、愚にもつかないような作品や、どこが面白いかわからない駄作を、無理やりほめているような書評にも腹が立つことが多いので、僕の個人的な観点からですが、駄作だと感じたものにはそう感じた理由をふくめてちゃんと書くことにしました。自分が知らないことや、理解しきれないことがあれば、それも「僕にはわからない」と正直に書くことにしています。少なくとも知ったかはできません。

石原千秋は今の文学を取り巻く状況として、「批評精神を失っている」と言っていました。もっときついことばで丸山健二は、(といって、彼のいっている内容のすべてに賛同するわけではありませんが)、自分の名前を冠した文学賞を創設したようです。

丸山健二文学賞宣言2013
http://shinjindo.jp/contents/maruyama_award.html

安っぽいナルシシズムと安直な散文によって構成された、読み捨て用の作品を大量生産し、大量販売するという、最も安直で、最も下世話な路線を突き進むことを主たる眼目として、また、それが文学の王道であるという自分たちにとって都合のいい解釈と誤解に身を投じながら、惰性のままにだらだらとつづけてきた結果が、このザマという、あまりと言えばあまりな、当然と言えば当然の、恥ずべき答えを出すに至った。

抜粋ですが、こんな調子で現状の日本の文学を取り巻く状況に憤り、そこから文学賞をたちあげた経緯についても書かれています。「小説家になりたい!」ではなしに、「小説を書きたい!」という人はこの賞に応募してみればいいんじゃないでしょうか。プロアマ問わずで、エントリー費用5000円というのも適度なハードルだとおもいます(笑)。たとえば、氏の賞に、文壇政治(もしそんなものがまだ残っているとすればですが)にどっぷりつかったプロが覆面作家として応募してきた作品を、氏ははたして受賞させるのかどうか。妄想がふくらみます。

だれもが終末の叫びをあげている純文学界隈。駄作も多いけれど、それでも僕は小説ジャンルのなかでは一番愛着があります。僕にとって大きな影響を与えた作品も数多いジャンル。傑作に出会える確率は限りなく低くても、確率や効率云々ではなくて、一生に一度出会えるかどうかの作品に巡り逢いたいという気持ちなので、まだしばらく、完全に絶望してしまうまではこのジャンルの作品を読んでいこうと思います。いい作品を紹介したい、駄作には早く消えてもらいたいという方針で今後も「小説を読む人のための雑記帳」では純文学作品の感想を書いていきます。今後ともよろしくお願いします。

小説を読む人のための100冊

あけましておめでとうございます。現代に生きる読者にとって、読んで触発されるもの、かつ読んでたのしいもの、二度読み三度読みしたくなるもの、比較手に入りやすいもの、ほどのゆるい基準で100冊推薦図書を選んでみました。適当に詰めこんでいるので、「あの大事な作家が入ってない!」てなこともあるかもしれません。その辺はこっそり修正していきます(笑)。

何度もよみたくなる作品を選んでいますので、たとえば押しも押されぬ人気作家の東野圭吾さんなんかは入っていません。あれは一度読んでスカッとする系ですもんね。あと、手に入りやすさも考慮しているので、たとえば多和田葉子さんだと講談社文芸文庫で手に入る『飛魂』をあげています。多和田さんの作品で、僕が一番好きかつぜひ読め!といいたいのは『聖女伝説』だったりします(アマゾン中古出品で4000円近くします)。あとあと、必ずしもその作家の代表作じゃないのもまじっています。森鴎外なんて「牛鍋」ですし(笑)。

本に限らずですが他人になにかを進めるとなると、なかには「どや、オレの趣味!イケてるやろ!」(関西弁になる必要ありませんが)というふうに、他人に薦めるふりしてじつは自分の趣味を押しつけるしょうもない人がいますが、下で選んだ本はどれも読んでみればなにか得るものがあるんじゃないかなと思える、ぜひとも読んでいただきたい作品に限ったつもりです。僕が実際に読んで、涙を流したり、ずっと引っ掛かりを持ったり、その小説を読むことで確実に小説観が広がったり、こんな小説書きたいと打ち震えたものばかりです。

高校生ぐらいの、ちょっと深く本を読んでみようかなあ、でも何読めばいいのかわからないなあ、と考えているくらいの人を想定してすすめています。なので早熟な高校生や文学部の学生さん、小説好きの方、小説を実際に書いている人にとっては、ほとんど読んだことあるものばかりじゃないかなと思います、とくに海外文学のほうは。あと、あくまで現代の読者を想定しているので、リストの日本人作家ではバリバリ書いている現役作家さんを意識してとりあげるようにしました。

芦原すなお『青春デンデケデケデケ』
阿部和重『シンセミア』
安部公房『他人の顔』
池澤夏樹『静かな大地』
石川淳『紫苑物語』
石坂洋次郎『青い山脈』
いとうせいこう『想像ラジオ』
泉鏡花『高野聖』
絲山秋子『妻の超然』
井上ひさし『吉里吉里人』
今村夏子『こちらあみ子』
岩井志麻子『ぼっけえ、きょうてえ』
江戸川乱歩『盲獣』
円地文子『女坂』
円城塔『松ノ枝の記』
大江健三郎『万延元年のフットボール』
大岡昇平『野火』
岡本かの子『老妓抄』
織田作之助『夫婦善哉』
開高健『日本三文オペラ』
梶井基次郎『檸檬』
金井美恵子『柔らかい土をふんで、』
川上未映子『ヘヴン』
川端康成『眠れる美女』
木下古栗『いい女vs.いい女』
桐野夏生『残虐記』
小島信夫『抱擁家族』
後藤明生『挟み撃ち』
小松左京『日本沈没』
司馬遼太郎『燃えよ剣』
島尾敏雄『魚雷艇学生』
庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』
諏訪哲史『アサッテの人』
高橋源一郎『ジョン・レノン対火星人』
武田泰淳『ひかりごけ』
太宰治『斜陽』
谷崎潤一郎『細雪』
多和田葉子『飛魂』
中上健次『枯木灘』
中島敦『文字禍』
中原昌也『あらゆる場所に花束が……』
夏目漱石『吾輩は猫である』
野上弥生子『秀吉と利休』
野坂昭如『エロ事師たち』
林芙美子『放浪記』
百田尚樹『永遠の0』
深沢七郎『楢山節考』
二葉亭四迷『平凡』
舞城王太郎『煙か土か食いもの』
町田康『くっすん大黒』
松浦寿輝『不可能』
丸岡大介『カメレオン狂のための戦争学習帳』
丸谷才一『輝く日の宮』
三島由紀夫『豊饒の海』
水村美苗『本格小説』
宮部みゆき『模倣犯』
村上春樹『ノルウェイの森』
村上龍『限りなく透明に近いブルー』
モブ・ノリオ『介護入門』
森鴎外『牛鍋』
森見登美彦『太陽の塔』
安岡章太郎『海辺の光景』
吉村萬壱『独居45』
吉屋信子『花物語』

アゴタ・クリストフ『悪童日記』
インドラ・シンハ『アニマルズ・ピープル』
ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』
ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!』
ウラジミール・ナボコフ『ロリータ』
ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』
エミリ・ブロンテ『嵐が丘』
カート・ヴォネガット『スローターハウス5』
ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』
ゴーゴリ『鼻』
サルバドール・プラセンシア『紙の民』
ジェイン・オースティン『高慢と偏見』
ジェローム・デイヴィッド・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』
ジュール・ヴェルヌ『海底二万マイル』
ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』
ジョゼフ・コンラッド『闇の奥』
ジョン・アップダイク『クーデタ』
スタンダール『赤と黒』
セルバンテス『ドンキホーテ』
ドストエフスキー『罪と罰』
トマス・ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』
トマス・マン『魔の山』
トルーマン・カポーティ『冷血』
トルストイ『アンナ・カレーニナ』
ハーマン・メルヴィル『白鯨』
フランツ・カフカ『変身』
フランシス・スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』
フローベール『感情教育』
ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』
ホメロス『オデュッセイア』(松平千秋の訳で)
ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』
マーク・トゥエイン『ハックルベリ・フィンの冒険』
ミシェル・ビュトール『心変わり』
リチャード・パワーズ『囚人のジレンマ』
レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』
ロンゴス『ダフニスとクロエー』
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