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澤西祐典「砂糖で満ちてゆく」

出典:『群像』2013年4月号
評価:★★☆☆☆

全身性糖化症(一般に糖皮病とよばれる)という不治の病にかかった母の死を看取る娘の話です。糖尿病なんてのもポピュラーだし、とすれば小説的想像力のうえで糖皮病というのもありなのかな、と字面から連想するに一応納得いく設定です。難病ものだと安手のメロドラマ、お涙ちょうだい作品がいつの時代にもヒットしますが、この作品は別にそういうウケ狙いものではありません。身体が日々砂糖に変化してゆく母に静かによりそう娘がその死をうけいれるまでが、かなりフラットに描かれます。

分量的に短編で収まるものだったのか、膨らませようと思えばいくらでも膨らませられる、むしろ膨らませたほうが面白い題材だったろうなという気がしました。同じ難病者を近親者にもつもの同士の朗読会では「死と文学」という連綿と書き継がれてきた作品を扱えそうですし(本作ではタイトルと著者の書誌情報がでてくるだけ)、朗読会での人間模様によって死をうけいれる/うけいれないさまざまな態度の偏差を描けるでしょうし(本作では終盤近くで梶浦さんという男性がちょこっと登場するだけ)、母と娘を軸に家族の来し方行く末をいろいろ展開できるでしょうし(本作では葛藤も大きくはありません)、この病気の発生メカニズム(とくに触れられません)とか、この病気を社会ではどのように扱っているのか(とくに触れられません)、ほかにもいろいろ拡がりを感じられる題材ではありました。が、分量のせいなのか書き手の意図的な判断なのか、その辺はほとんどなし。

じゃあ何があるのかというと、体が糖化してゆく母を気づかい静かに死にゆくまでを看取る娘の姿、これだけです。その娘の言動もありがちなので読んでいて退屈でした。母親が砂糖になってゆくというところがミソで、最後の最後に母親をぜんざいの砂糖として利用し、食べてしまおうとするところが唯一この作品ならではの場面でしょうか。ここにも近親者の肉を食べるという宗教的なテーマにつながっていきそうな芽がありますが、最後の最後でこのシーンがでてきて終りなので、やっぱり膨らみません。

砂糖になりゆく母親の身体の描写も至極あっさりです。CG映画全盛の現代において身体が砂糖になった女性のすがたを想像することはさほど困難ではありません。ちなみに僕は、スパイダーマンに登場した砂男を最初想像しました。ほかにもテレビゲームや漫画にだって鉱物でできた人間がでてくるし、そもそも人間は泥からつくられたのではなかったか。こういう膨大な表象を前に、砂糖化してゆく母親の身体描写が、一線を画しているようにはみうけられませんでした。映画のほうが音と大画面で迫力あって、この作品の母親描写はどうしても見劣りしてしまいます。僕の想像力が足りないのかもしれませんが。

母は寝ているのかひっそりとしていて、電灯のスイッチを入れ真っ暗闇に光の輪を浮かべながらそっとただいまと言うと、由希子の名を呼ぶ声が聞えた。押し殺したような、震えた声だった。廊下伝いに電気を点けながら寝室に向かい、灯りをつけた途端、由希子は思わず悲鳴を上げた。母の上に蟻がわらわらと群がっていたのだ。震えることのできない体で、母は必死に助けを求めていた。
 由希子は母の体の上の蟻を薙ぎ払い、無我夢中で床の蟻を潰した。夏場には何度も注意され散々気を付けていたのに。もう冬なのに。由希子はこの季節にいるはずのない蟻を手で叩きつぶし、畳に死骸がこびりつくのも厭わずに、半狂乱になって蟻を殺した。あたかも、そうすれば目を離したことを許されるかのように、あるいは死が少しづつ母を運び出していくのを防げるかのように、蟻を一匹ずつ、ぶちぶちと潰していった。
 すべての蟻を一匹残らず潰し終えたときには、もう夜更け過ぎになっていた。由希子は母の体の上に散乱した蟻の死骸を丹念に取り除き、その跡を拭いた。鼻の腋、頬、首筋、上腕、足の指の隙間、蟻は至るところにいた。それが冬でも活動するアルゼンチンアリという外来種であることを、あとで病院で知らされた。動けない体で、無数の蟻が這い上がってくるのをただただ耐えているのはどれほど恐かったろうか。母の目尻には、涙の流れた跡が筋になって糖皮をえぐっていた。ごめんねと何度も呟きながら、由希子は母の体に涙を零さないようこらえるので精いっぱいだった。(pp.132-3)

結構劇的な場面で、不謹慎ないい方かもしれないけれど、「絵になる」シーンであるはずの砂糖になりつつある母の体に蟻が這い登る場面も、視点人物不在だったため事後描写にとどまりかなりフラットです。「無数の蟻が這い上がってくるのをただただ耐えているのはどれほど恐かったろうか」といわれても、「しらんがな」としか答えようがありません。そこを描写するか、暗示させるのが書き手の力量じゃないでしょうか。

着想は面白そうなものの、分量のせいか書き手の技量のせいか、全体としてはなにか食い足りなさばかりが残る短編作品でした。娘の由希子がけっこう甲斐甲斐しく母親の面倒をみるいい子寄りの設定だったから、こういう物足りなさが残ったのかもしれません。たとえば由希子が母親に憎しみや怨みを抱いていたら、もっといろいろ見せ場ができたろうにとも思わないでもありません。
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