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多和田葉子「てんてんはんそく」

出典:『文學界』2010年2月号
評価:★★★☆☆

作品の字面の向こうに作品内に描かれるのとはまた別次元の世界があるような作品を書きたい、というようなことをどこかで言ってたような気がする多和田さん(うろ覚え。嘘だったらすみません)。例えば『犬婿入り』は現代の団地を描きながらその向こうに民話的世界が広がっていますし、『ゴットハルト鉄道』(傑作!)は鉄道の紀行文の中で、言葉と身体と記憶の境目がぐずぐずに溶けてしまいます。

そしてこの短編の「てんてんはんそく」。作品内の照子とか青江とかは普通日本人女性の名前で使われますが、この作品の中ではもちろんそういう使い方がされているところもありつつ、もっと別のものも思わせます。全然自信がないですが、照子は電話会社、青江はスカイプのような電話に変るサービス企業かなと思いつつ読み進めました。こういうのをレトリックでなんていうのかな。この作品全体でいうと諷喩とか寓話の技法ですね。

また、多和田葉子ならではの言葉遊びもそこここに読みとれて、言葉がなによりも音と記号が合わさったものであることを意識させられます。

照子とはすぐに繋がる。向こうはいつも客を待って待機しているのか、こちらが指先でプシュプシュと誘うように押せば、即座に凛々と呼び鈴が鳴って、それだけで、もう次の瞬間には湿った声が耳元で聞こえている。(p.20)

プシュプシュというオノマトペはとうぜんpushを想起させます。電話の呼び出し音は普通「リンリン」だったり「りんりん」だったりするところをあえて漢字をあてて「凛々」とすることで、カタカナや平仮名では出せないイメージが膨らみます。

他にも随所にこういう楽しめる言葉遣いやレトリックがあって、ただただ日常の慣例にしたがって言葉を使っていては刺激されないような知覚を挑発してきます。こんな作品は、読み解くことそのものが快いですね。文字にフェティッシュになりすぎる作品だと読み手としては気持ち悪いし疲れるだけですが、これくらいだと適度でとてもリーダブルでした。
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