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小山田浩子「うらぎゅう」

出典:『群像』2013年4月号
評価:★★★★☆

先ほど感想を書いた今村友紀が、映画のような、あるいはネット上のコピペのような分かりやすい素材をありきたりに料理していたのにたいし、こちらの「うらぎゅう」は読者にとってよく分からない素材をうまく料理してくれた短編で、読むなら断然こっちです。といってもにているところってほとんどないですが。

この短編は、まもなく四十歳になる女性が、夫との離婚を告げるため、久々に実家のある町に帰省するという筋。これだけとりだすと、何のことはないようですが、一つの謎のことば「うらぎゅう」が一体何なのかが開かされず話がどんどん進んでいくため、読者は「うらぎゅうとはなにか?」という疑問を抱いたまま、居心地の悪さを語り手の女性と共有させられます。故郷を捨てて両親のこともほとんど顧みず外に出ていく後ろめたさだとか、久々の町がさびれている様子、バスにのれば地元高齢者が地元の話題で盛り上がる、という状況に、語り手は完全にアウェー状態。そしてタイミングよく、すこしずつそれがなんなのかおぼろげに見えだしてくる「うらぎゅう」。

バスの中でかわされる高齢者たちの地元の会話の洪水に耳を傾けるところなんかは、たとえば河瀬直美のドキュメンタリーにみるような独特の緊張感を読み手の僕はもって読み進めました。よく分からない世界に身ひとつで飛び込んでいって、そこで当たり前のように交わされる会話を手掛かりに、自分のはいりこんでいる世界のヴェールが少しづつ少しづつ剝がれていく感覚(だけど最後にまるっと分かるようにはなっていない、どこかわからなさしこりが残り続ける)。ちょうど、読み手にしこりを残してくれるのが「うらぎゅう」で、最後まで読めばなにか宗教行事のようなものだというところまでは分かるんですが、それがはっきり何の目的を持っているのかは分からないまま終わります。

よくよく考えれば、余所者がどこかの街の宗教行事や祭事に参加したところで、そこで何が行なわれているかははっきりとはわからないし、したがって同じ場を共有しながらも感情的にはそこの土地の人たちとはへだたりをずっと感じているはず。その居心地の悪さというか、状況の中にいるのに何がおこっているのかははっきりと分からない不安な気持ちにさせられる薄皮一枚の分からなさを残す省略の美学、構成のバランス感覚にうなりました。

ページをぱっと開いて、改行の少なかったり、会話も行を変えず鍵括弧にくくるだけの処理にしているのもポイント。自分とは長年関係なかった世界に飛び込んだ者の体感する、世界の遠さ、摑み辛さ、とっつきにくさ、しかしそこにたしかにある世界が存在することのたしかさが、ビジュアルからも分かります。

今村友紀短編が既視感ありありのネット上のコピペみたいなエピソードのつらなりだったのにたいし、小山田浩子短編には、はっきりとした手触りや世界のひろがりが感じられます。そこで生きている人たちが、分からなさもふくめてありありと感じられる。下はバス停まで迎えに来た母親と語り手が久々に再開する場面です。

「お母さん、元気?」「普通。あんたは?」「まあまあ」母親は家に向かって歩き出した。枝々の先端に透明な芽が吹いていた。下草には小さなつぼみをつけているものもあった。母親の地下足袋がそれらを踏んで歩いた。「お父さんは元気?」「お父さんも、普通」「今、畑?」「そう」「今は何?」「タマネギ、エンドウ」青い小花、紫の小花、白い小花、枯葉のような翅の蛾がふらふらと飛んでいた。「ねえ、お母さん。私離婚することにした」意を決して、しかし平然と聞こえるように言ってみると、母親は急にかがみこんで、地面から頭を出していたフキノトウを一つ摘んで「本当?」と言った。「うん。ごめんね。それで、離婚届に名前を書いて欲しいんだけど」「私?」「お父さんでもいい」母はもう一つフキノトウを摘んだ。
 家の前まで無言で来ると、ポケットにフキノトウを二つ入れたまま、母は畑に戻った。(p.109)

この抑制のきいた会話、描写のすばらしさ。書こうと思えば「私は母に離婚のことをいつ切り出そうかと迷いながら口ごもり、何でもない風を装って…」云々とか、ついに切り出したときの心内を独白的に書くこともできはしますが、そこをばっさりカットしてこれだけシンプルな会話と描写で書くだけで、かえって二人の間の感情のやりとりが読者の頭の中に響きます。娘の離婚を聞かされた母がフキノトウを摘む、なんてもう名人芸の域だと感嘆しました。
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