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木下古栗「人間性の宝石 茂林健二郎」

出典:『すばる』2013年3月号
評価:★★★★☆

図書館で目次のタイトル読んだだけで思わず笑いをもらしてしまい、作品一行目に目を移してさっそく

「よーし、今日も一発シャブ打つぞー!」(p.184)

とたたみかけられては、評価を星四つにせざるを得ません。冒頭からぶっ飛んでいます。ここ最近、これまでの脱線につぐ脱線を重ねて支離滅裂になってしまう作風から一転、作品としていちおうのストーリーをもってまとめるという新たな境地に出た感のある木下古栗。アングラ芸人が放送禁止ネタを封印して、もっと一般受けする芸風にきりかえたような感じ。といってもつまらなくなったとは感じません。むしろ、もともとうまく書ける作家だったこともあり、それが悪い方に働いてときに表現の自慰行為に淫するだけで終わってたのが、最近の作品ではかなりリーダブルに洗練されて、読み手をどうやったら楽しませられるかという技術にウェイトを置くことで、作品にさらに磨きがかかったように思います。

本作では、『危険の感覚』という著書で有名な茂林健二郎(字面から、読み手の誰もがあの人を想定してしまいますが(笑))東京ハーバード大学グローバルビジネス学部客員教授が、平和ボケした日本人に、常識のまったく通用しない世界でも生き残るための気構えを、あの手この手で叩きこむ姿をドキュメンタリー風にリポートするという体裁。これ、あまりに語りがうまいので読む人によっては、はっきりと意識していないかもしれませんが、一貫してドキュメンタリー調の語りですね。ルポルタージュ文学というよりは、視覚的要素のおおいぶんテレビ的密着ドキュメントといったほうが正確です。ラスト付近で、「私」という語り手が唐突に出てくることからも明らか。

以下、読者を魅了してやまない茂林健二郎の人間性が多面的に乱反射する様子を引用。まずはロシア滞在時、二人組の若者につけられた茂林健二郎。撒かずにわざと二人を袋小路に誘いこみます。

「殺る気だ!」と茂林は思った。そして実際、ぐさりと腹部を刺されてしまった──次の瞬間、「ウラァアアアアアアアアアアア!」と火事場の馬鹿力が出て、力ずくでナイフを奪い取って刺し返すと、死に物狂いでえぐり、引き抜くやその血まみれの刃で、何事か叫んで襲いかかってきたもう一人をとっさに半身になって避けて足払いで転ばせると馬乗りになってしゃかりきに滅多刺しにした。もちろんその合間に、傍らで苦しげにのたうち回っているもう一人をたまに刺すのも忘れなかった。やがて自分自身の白い呼吸が聞こえ、肩で息をしながら立ち上がり、氷点下に鮮血も凍てつく両手をだらりと垂らして途方に暮れる彼を、罪など知らぬ無垢な月の光が優しく照らしていた。
「ああ、ソーニャ……お前のせいでこんなことに……」(p.198)

「罪など知らぬ無垢な月の光が優しく照らしていた。」なんてまるで大藪春彦です(笑)

次は『オイディプス王』を読んだ茂林健二郎。

ある日、茂林はギリシャ悲劇の傑作『オイディプス王』を読んでいた。御存じのとおり、実の父を殺し、実の母と交わるというアポロンの神託を受けたテバイの王、オイディプスがあれよあれよという間にそのお告げ通りの運命を辿ってしまう──熟女AVによく似た筋書きだ。(p.193)

こんな風に突飛な記述で笑わせながら、しかもこういわれれば熟女AVものの筋書きにも思えるという説得力もあります(笑)。レトリック、とりわけ比喩に長けた作家は、事物の相同性を見抜く能力に長けていますね。単なるこじつけならだれでもできるけれども、「『オイディプス王』∽熟女AV」という指摘には説得力もあり、笑いつつ痺れました。

続いて、ケーキをドカ食いしてしまう富原という女性に、茂林健二郎が送ったことば。

単に「ケーキは我慢!」「ケーキは毒物、肥満のもと!」などと謳ってみても、とおりいっぺんの抑制や禁止はかえって欲望を煽り立てることになりかねない。熟慮の末、富原に贈られた言葉は「熟女絶叫ケーキ潮吹き8時間50人2枚組」だった。茂林によるとこれは熟女AVのタイトルをもじったもので、インパクトがあり、なおかつ食欲を失わせる効果があるという。(p.191)


他にも引用したい個所たくさんありますが、こうして細切れの記述でも充分楽しませてくれる作家なので、本編を通読すればその破壊力は推して知るべしです。いますぐ図書館に走るか、インターネットで『すばる』3月号を手に入れて──下ネタに耐性がある人であれば──この作品を読むことをお勧めします。

茂林健二郎ネタやクオリアネタで書かれた作品や雑記もいくつかありますし、そろそろ対談があってもいいかもしれません。どうせなら何かの文学賞をとって、木下古栗と茂林健二郎から連想される人物だけでなく、夢枕獏も加えて三者鼎談があれば僕はその本3冊買う心がまえです。
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