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谷崎由依「……そしてまた文字を記していると」

出典:『すばる』2013年4月号
評価:★★★☆☆

谷崎由依アジアを行く。台湾の次はチベットです。もっとも「jiufenの村は九つぶん」にしろこの「……そしてまた文字を記していると」にしろいずれも国名の固有名詞はでておりません。タイトルや作中の表記から読み手である僕が、具体的な地名国名をあてはめてそうじゃないかなあと推測しているだけ。

本作では「書くこととは何か」という批評が作品のはしばしに出てきています。書きつけられた世界がそのまま作中人物の生きる世界にとって替わるような、書くことと書かれることとの相互浸透、相互循環に目眩を起こしそうになる作風。安易なメタフィクションに逃げることもなく、どことなくナボコフの『賜物』を連想しました。

冒頭はこんな感じ。

……そしてまた文字を記していると手許の灯火が筆(pen)を、その先端の金属部分をごくちいさく照らし出し、銀色にひかる点があとをついてくるのだった。その点の通ったところから、黒い筆跡があらわれてくる。筆先の太さぶんの墨の痕跡は、夜のなかにあってささやかに照らされる彼の手許のひかりのなかの、その見せかけのちいさな昼の、さらに内側のちいさな夜、筆のふとさぶんだけのごく細い夜であり、その夜のつらなりを、手のなかの軸よりなめらかに流れ出してくるそのあとを途切らせないよう気をつけて、細心の注意を払いながら、彼は追いかけていく。追いかける先には何もない。くすんだ白の写本用紙は、彼の右手より先にはまだ何も書かれてはおらず、それよりした、つまり彼の胸許のほうへはさらなる空白が広がっている。その白さを思い、彼はおののく。(p.136、括弧内は原文ルビ)

横書きに写経しているらしい人物の写し取っている文章の筆先には世界の昼と夜との循環が孕まれ生まれていくさまから書きおこされています。読み進めていけば僧院でくらす修行僧の話であることが明らかになってきます。そこの世界観は

 書物は世界を映すもの、世界を描いて閉じこめた鏡のごときものだと、ある地方では言われているらしい。この土地よりずっと低いところ、空が遠くて茫洋として白っぽく湿った地方の話だ。彼には信じられないことだった。この土地で生まれ、物心ついて間もなく僧院に連れてこられ、以来ずっとこのなかで暮らしてきた彼にとって、そのような発想は、まったく倒錯的だった。意図的に物事を混乱させているか、さもなければ完全な無知、蒙昧ではないかと感じられた。
 というのも、この土地にあってすべては逆だったからだ。書物とは世界そのものである。何千巻、何万巻もある経典は、この世のあるべき様態をすっかり閉じこめてそこにある。(p.141)

という部分に示されてある通り、「書物=世界」となっています。したがって、この作品の文体にも納得いくという次第。

上でナボコフをおもいおこすと書きましたが、人によってはこの倒錯が高踏的に思えてしまいいくらかのとっつきにくさを感じてしまうかもしれません。作品世界に書いてあることをそのまま受け取って、しばし身を任せた時にこの作品の麻薬のようなたゆたいが読み手を魅了してくれるはずです。ただ後半にいくにしたがって尻すぼみな印象を受けもしました。ナボコフ的饒舌の催眠効果は、あの読者を圧倒する(そして一部の読者を途中で挫折させる)分量にも負っているはずなので、もっと厚みのある分量でこの作品のねらいを実現した作品がでてくればいいなと期待しています。
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