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松家仁之「沈むフランシス」

出典:『新潮』2013年6月号
評価:★★★☆☆

読み手を選ぶ作品ときくと、難解だとか実験的だとか読み手のリテラシーが試されるような作品のことをいうのだけれど、この作品というか書き手も読み手を選ぶ気がします。というのは、村上春樹を読んだときのような、ある読者層の心をわしづかみにする一方で、別の読者層からはものすごく嫌われそうな、そんな印象を受けたから。後者の読者なら一読するなり「こんなやついねーよ!」と毒づくことうけあい。いや、絶対いないとはいえないし探せばいなくもないとは思う人物造形なのだけれども、その「けっこうありえない」生活感のなさが、ある種の読者を刺激してやまないことうけあい。

東京で働いていた女性が北海道の田舎で郵便局の非常勤職員になって、配達先の男と恋に落ちる。その男は小さな水力発電所の管理をしているオーディオマニアで、発電所のことを「フランシス」と呼びながら、世界中の「音」を収集し、さらにはベッドにもマイクをしかけて女性との情事を録音したこともある。そんな男に惚れる女性……。

「オーディオっていうのは、電気の純度しだいで音質がまったくちがってくるんだよ」
「電気に純不純なんてあるの?」
「もちろん。壁のコンセントは専用のものを使ったほうがいいし、家のなかでも上流の電気をとりこまなければ駄目なんだ」
「上流?」
「他の部屋をまわって、つまりテレビや冷蔵庫やエアコンにとられたあとの下流の電気では、音に濁りがでるってこと。だからうるさい人になると壁のコンセントなんか使わずに、電柱から直接電気を引いてくるわけ。いや、笑うけど、自分の耳で聞きながら確かめてきたことだから、ほんとにそうなんだ」(p.41、強調部は原文傍点)

という、オーディオオカルトあるあるを語る男。僕なんかはこんな男に惚れる女の気がしれませんが、しかし上流の電気で音を聞くといい音がする!といいはる意見に、実際に音をきいて納得できる女だっているだろうしそういう人はこの作品をとても楽しく味読できるでしょう。納得できない人はそこここで「こんなやついねーよ」の連続です。

と、かなり生活感のない(と僕には思える)人間がでてくる一方で、作品の展開、とくに終盤はかなりベタになります。台風の影響で水車が水に沈んで(タイトルでネタばれしてる!)、暗闇につつまれた二人は満点の星を眺める。村上春樹臭がします。そして星空のもとで女はこう心のうちで思います。

 この光があるうちは、なにも絶望することはないのだ。光からの音を聞く耳を失わずにいれば、和彦とわたしは生きていける。桂子はそう信じることができた。そんなことをいま言っても、和彦にはわからないかもしれない。だからそう感じたことをわたしはまだ黙っていよう、と桂子は思った。(p.84)

和彦に伝わらないどころか、ここまで読んできた読者(というか僕)にも、桂子がなんで唐突にこんな決心をすることができたのか理解できません。オーディオオカルトをいわれるなりすんなり信じることができる女性は、やはり言葉ではないロジックで、こういう悟りの境地みたいな瞬間が、唐突に訪れることがあって、しかもその唐突さもすんなり受け入れることができるのかもしれません。もう僕には全く理解を絶した境地ですが。

なんかずっとくさしているみたいですが、部分部分の表現はすごく好きなんです。比喩なんかは読むだけで肌や耳に心地よいですし。ただ、その集積としての作品全体が、僕には理解できない、そしてその部分部分には気に入った表現がありつつも全体としてはしっくりこないという感じは、村上春樹を読んだときとまったくそっくりなのです。
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