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原田ひ香「アイビー・ハウス」

出典:『群像』2012年5月号
評価:★★★★☆

書き手の原田ひ香じしん小麦粉料理が得意なんでしょうね!「こなこな」という作品ではシンガポールの小麦粉事情が、そして本作にも小麦粉を使った料理がレシピとともに登場します。とここまでは本筋には関係ない話。本作は、二組の夫婦が二世帯住宅の部屋をシェアして共同生活を送る話です。夫ふたりは学生時代の同級生で専攻も同じ、妻ふたりは職場の元先輩後輩という設定。地縁でも血縁でもなく、信頼と契約によってつながった四名の距離感の描き方が抜群にうまかったです。

一緒に暮す人が地縁血縁でつながっているならば、たとえ嫌な人であっても「しょうがない」とか「運命だ」として不承不承受け入れやすくもありますが、夫婦とか友達関係とはそうもいかないもの。「二組の夫婦が一つ屋根の下で暮らす」がこの小説の出発点なのだから、ラストに至るまでのプロセスで、夫婦関係あるいは友情関係がいかに破綻するかを描くのが腕の見せ所です。その意味で本作は、それぞれの人物造形から距離の描き方から、シンプルな文章で読ませるものになっています。

まず、一つ屋根のしたに暮しているといっても、すべての部屋をシェアしているわけではなく、夫婦ごとに生活スペースを分けて、二階と三階にわかれて暮している。この、つかず離れずの距離をたもちながら共同生活を送っている空間的距離が、お互いのあたらずさわらずといえばいいのか、プライベートをどこまで共有しているのか曖昧なままに暮す心理的距離とシンクロしています。

これである程度二組を分けて、さらに将来の見通しや社会的成功、私生活の充実などのパラメータでもってさらにそれぞれを分ける。図式的といえばいえるけれど、わざとらしさは感じませんでした。「いるいる、こういうひといる」というリアリティを感じられました。人を描き分けるときに、性格=内面で区別するだけでなく、社会経済的なバックグラウンドにきちんと目配りしているところは非常に好感をもちました。翌月号の『群像』「創作合評」で関川夏央は次のように発言しています。

隆と一樹の労働形態をはっきり書いている割には、給料を書かない。これは聞きたいところだね。(「創作合評」2012年6月号p.416)

収入がある程度明らかになっていないと、料理に使うお金がどのくらい重たいのか分からない。文学というのはリアリティーというか、ある基準を提示することでもあるから、それが無いと、いくら人物の「内面」を描いても物語は運ばない(「創作合評」2012年6月号p.416)

例えば一樹の職歴としては、父の勤めていた大手家電メーカーの子会社に就職して母親をがっかりさせ(ということは大手家電メーカーの年収よりはおそらく低い)、その後そこでの激務に耐えるのではなく生活を充実させようと価値観を転換して転職、週四日勤務残業なしの派遣社員としてIT関連の仕事をこなす(ということはさらに給料は下がる)という設定、三十代半ば、それで日々の食卓にならぶ食材の値段を気にする生活となれば、収入はだいたい推測つくんじゃないでしょうか?関川夏央の上の発言は、それゆえ、関川夏央の読み方のトンチンカンさを示しているとしか思えません。同じく創作合評で大竹昭子は

原田さんは社会の枠組みみたいなことに関心があると思うんですけど、「今の世の中って嫌ね、ほんとに」くらいで終わってしまっているので、例えば円の価値が将来下がってしまったらどうなるとか、より大きな枠組みの中で経済を捉える目を持てたらもっとすばらしいと思います。(p.417)

とトンデモを述べています。本作はどう読んでも国際金融を主眼にすえるような小説には読めません。関川大竹両名は、2012年創作合評での意見はちょこちょこ的を外していると思いました。斜め読みしただけじゃないかなと疑わせる杜撰な意見。あるいは読み取り能力の低さ。

さて話がそれましたが本作の面白さをもう少し。上で見てきたように、ちゃんと読みさえすればしっかりした経済的バックグラウンドが描かれていますが、そういう作品を形作るマクロな土台だけでなく、日常会話のミクロなやりとりにも書き手の冴えが光ります。

(一樹の発言──引用者注)「どうして、他の人間も同じようなことをしないのか、不思議だよ。これからはこういう生き方がきっと主流になっていく」
「そうかしら」薫は太巻き寿司を一つ、自分の皿に置き、半分に割りながら言った。「そう簡単にはいかないと思う。だって、やっぱり、相手のあることだし、普通の人はなかなか同居できる相手を見つけられないもの。信頼できて、絶対に裏切らない相手を」(p.66)

薫のこのことばは、一樹の発言をうけてのもので、第一義的には同居をして暮すことの是非について困難を指摘した返答です。さらに裏の意味として、浮気の疑いのある夫に向けてそのことを直接指摘できないので表面上一樹に向けた発言だと見せかけて「裏切らない相手を(みつけることは難しい)」とも述べている。こういう風に、対面状況での直接的葛藤を避けるテクニックをさらっといれてみせる原田ひ香の会話を描くうまさにはうなりました。よっぽどいいたいことがあってかつ直接言えないときには、こういう風にして当てこすりをいうことが僕にもあります。

もう一点。隆が浮気をしているかどうかは、ほぼ黒ですがその相手を明確にださずに存在を仄めかすにとどめたのも成功だといえます。直截描かないことによって、その浮気相手が「本当にいるのかいないのか」曖昧になり、隆にたいする疑いは読者の想像の中でどんどん膨らんでいくからです。と同時に、直接浮気相手を見たらしい未世子を除き、浮気相手の存在を疑ってしまう一樹や薫の心理を共有できたようにも思います。だからこの場合は直には描かず存在を仄めかすが正解。関係者にしてみれば、いるかいないかわからない状態だからこそ、やきもきさせられ、自分の倫理観や夫(あるいは友人)に対する信頼も試されるんじゃないでしょうかね。創作合評で関川は「ストーキングするなら、もっと念を入れてやったらどうか(p.416)」と注文をつけていますが、浮気相手の女性はストーカーだとは一言もいわれていませんし、ストーキングしていると積極的に認められる痕跡もなかったはずです。どう読んだらそんな注文がつけられるのか、無茶ないちゃもんつけるのも大概にしてほしいなと思います。

凝った文章はほとんど出てこないぶん、内容で真っ向勝負している読み応えある作品でした。二十代半ば以上の人なら読んで共感したり、自分の身に置き換えて考えたりするところがかなり多いと思います。良作でした。
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