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平野啓一郎「Re: 依田氏からの依頼」

出典:『新潮』2013年7月号
評価:★★☆☆☆

語りの構造が入り組んでいます。小説家の大野のもとに、知り合いの編集者のつてをたどって小説の依頼が舞い込みます。依頼というのは、交通事故によって主観的な時間感覚がくるってしまった劇作家の依田の語りを小説化してほしいというもの。依田の語りじたい、時間の感覚がくるっているために「イントネーションがメチャクチャで、音節も混乱していた。テープを逆回転したように聞こえる箇所(p.12)」もあって、音の断片のようになっています。劇作家依田の語りがそもそも解読困難で、さらにそれを聞き書きした付添の女性の編集や歪曲も加わり、それらをもとにして、大野がリーダブルに文体を考えて小説としてまとめる、という何重にも語りを重ねています。

これは100枚ほどの短い分量のせいなのか、この複雑化した語りが十全な効果をあげていません。僕の読解力がないせいかもしれません(笑)。ただいたずらに語りの構造を重ねているだけの印象をうけました。もうすこしたくさんあれば発展しようがあったのかもしれません。これは紙媒体の小説なので、音声データの音声部はすべて欠落しています。その欠落を補うために上の引用箇所のような、語りの抑揚やイントネーションについて具体的な描写があるわけですが、そうせずたとえば、依田氏の語りがどんなものなのか、一文字一文字おこしたものを少しくらい作中に書いておいてくれたらおもしろかったかもしれませんね。まあこれはないものねだり。

依田氏の主観的時間が伸び縮みするという着想はなかなかおもしろくて、それこそこんな複雑な語りなどとらず、単なる一人称小説でもって、本人が感じている時間感覚の変容をいろいろ描写する手はあったと思うのですがなんでそうしなかったんでしょう。わからない(笑)。時間感覚がおかしくなった描写というのも大野がリライトする形であるにはあって、その箇所だけは面白く読みました。

 ある時私は、丸一日を、たった一時間ほどで体験した。その時のことは、今でも鮮明に覚えている。
 私は窓辺に座って、ただ外を見ていた。
 よく晴れた美しい秋の日で、その青空を、雲が魚の群のように、次々と西から東へ去って行った。途中で翻り、ちぎれ、形を変えて、その度に街が明るくなり、暗くなり、夕焼けを豪奢に解き放って、彗星のように太陽が没した。
 私は飲まず食わずで、ただ二度、トイレに立っただけだった。尿意は痛みとなって膀胱を急襲した。それは我慢できなかった。空腹感は、体の真ん中に穴が開いているように私の姿勢を前傾させた。
 暗くなると、星々が巨大な金庫のダイヤルのように回転し、翌日の朝日を招来した。(p.30)

この辺の描写はかなり映像的で頭の中に早回しでバーッとイメージがありありと広がりましたし、「尿意は痛みとなって膀胱を急襲した」なんて何度読んでもおもしろい表現だなあと思います。ただ、分量的にいえば、こうした本人の時間感覚の変容の主観的な描写は少ないんだなあ。もっと書けば楽しかったのに。

あとは書き手の平野啓一郎じしんがサービス精神旺盛だといえばいいのか、読者を信頼していないといえばいいのか、依田氏の付添女性が、依田氏の語りを脚色した可能性について作品の中であからさまに(ネタばらし的に)言及しているのもマイナスです。わざわざそんなことせず、ほのめかし程度にとどめておくか、まったく言及しないほうが、読者の中に違和感をのこして不気味さが際立つでしょうし、想像力を働かせる余地を残せたように思います。時間感覚の変容の描写をのぞけば、全般的に説明的すぎる気がします。

作中には戯曲案みたいなものもでてきますが、それはそれとして別建てで、それこそサロメ舞台化したときのように、舞台用に別個で書いたほうがよかったんじゃないでしょうか。平野敬一郎なら面白いかどうかは別にして器用にそういうのもこなせそうなイメージです。僕自身が三島由紀夫にそれほど関心がなく、戯曲や舞台には全くうといので十分この小説を読みこなせたとは思えませんが、上のような不満点ばかりが残る読後感でした。
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