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松波太郎「LIFE」

出典:『群像』2013年7月号
評価:★★☆☆☆

「子供が生まれたので、ふらふらしていた男が心をいれかえてまじめになった」一行でまとめちゃいそうなほどのありきたりな話でした。松波太郎というと、今現役の書き手のなかでは、脱力系の笑える人物、とくに頭の足りない人を描かせればかなり楽しませてくれる作家として、僕は高い評価をしているのですが、そんな彼をもってしても、子供が生まれた話を書かせるとこんなになっちゃうのかと、期待値がそれなりだったぶん、いくらかガッカリしました。もちろん美談も悪くはありません。ふらふら→まじめ、への転換の落差を美談でまとめあげる落語は僕は大好きですし。

この作品のふみこみが今一つだと感じられるのは、生まれてきた子供がダウン症だったという設定があるからかもしれません。父親の猫木と同様に笑えるような描写をこの息子にも適用してしまうと、どうしても作品外の倫理やデリケートな部分に抵触してしまう可能性があるという配慮、ないしは自己規制が働いたのでしょうか。僕が小説として読みたかったのは、この美談の後こそだったのですが。

音や発音への意識的なこだわりも松波太郎の特徴でそれが本作でも随所にみてとれます。

「もしかして今日カレー?」
 今日どころかあさってまでもちそうなほどの量である。
「ウッシャ!」腰元で右の拳を握った。「パーク? ツィキン? ベーフ?」
 猫木はカレーが好物であり、夕飯のカレーを翌朝も食べられることを想像して、うまく寝つけなかったり、朝早く起きすぎてしまうくらいである。
「……ベーフ」
 カレーのときだけ、ポーク・チキン・ビーフをそれぞれパーク・ツィキン・ベーフと彼なりのネイティブ発音で呼び、宝田にもそう呼ばせていた。(p.91)

「国のヨー保険とかってへんな保険に勝手に入れられて」
 大半は食器洗いである。
「給料まきあげられた」
(中略──引用者)
「……ヨー保険」
(中略──引用者)
「ヨー、ヨー……あぁ、雇用保険のことね」(p.93)

「あかちゃんの名前って、もう考えてくれてるわよね?」
 性別は男であることがすでに半年ほど前にわかっている。
「……あぁ」
 うどん職人がのし板でそうするよう、目一杯”あ”をひきのばす。(p.99)

音の表現、ニュアンスをなんとかして小説のなかに持ち込もうという姿勢はいいとして、その方法が若干単調な気もしないでもありません。おかしい発音→説明というパターンは、あとで出てくる説明の個所にいたって、作品世界外からの声、すなわち地の文の語り手(そしてその語り手とほぼ重なる書き手)の存在をかぎ取ってしまうので、読者を小説世界にはいりこませる際のノイズになっている気がします。数ヶ所ならアクセント的に面白く読めるものの、こう何度もやられると、「こういう発音ですよ」「こういうイントネーションですよ」という説明がいちいちついてまわってうざったく感じられました。表記そのものの後で言い訳のように解説を加えるのは、表記じたいの説得力がいまいちな証拠ともとれます(それ自体がなぜそのような書き方をされているか伝われば説明なんて不要なはずです)。まあ、「うどん職人」のやつは僕は好きなので当たり外れがあるということかもしれません。また、本作ではいくつか歌もでてきますがそっちのほうはフォントの大きさを小さくして歌詞を書きならべるだけという工夫のなさ。小説のなかに音を、うまい仕方で導入することの難しさを、この作品によって再確認しました。
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コメント

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No title

何も構えずフツーに読んだら傑作だと思ったけどなあ、やっぱ小説って好き好きなんですね。これからも頑張って下さい。

No title

好きな書き手なので、そのぶん期待値が高くなってしまったのかもしれません。
読後感ってほんとうに書き手と読み手の化学反応ですね。

No title

この主人公こどもがうまれた事で何も変わってなくないですか?文学界の時評で松波が2カ月連続で発表してるのを知り今読み終えたんですが、音も成功してるとわたしは思った。というか作家の手法としてではなく主人公の人格として。

No title

バイトにたいする態度ひとつとっても、猫木はまじめになっていますよね。

音は、たとえば上の引用のうどん職人のたとえであれば、作品世界の流れのなかからいちど離れ、うどん職人のイメージを立ち上げて、それでまた作品世界に戻る、という思考過程が要求されます。僕にはそれが負担でした。一つの表現としてなかなかおもしろい一文とは思うんですが、それがその表現でなければこの作品全体のなかにはまらないものなのかというと、それは僕には疑問です。
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