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馳平啓樹「三千階段」

出典:『文學界』2013年8月号
評価:★★★☆☆

三千段の階段を作ろうとした語り手の話です。ランニングシャツの工場があるくらいでとりたてて特徴のない町で、仲間たちと三千段の階段をつくろうとするも、計画の途中で、カネは出さないが口は出す人たちがわいて計画は頓挫、そのまま語り手は計画から身を引いていたものの、この語り手不在のままに三千段の階段を作る計画が再始動しはじめた、というところから話がはじまります。

語り口が特徴的で、希薄化する語りというのか、無人称化する語りというのか、無機質な語りといえばいいのか、身の回りにおこるさまざまなことから語り手は距離をとったり逃げたりする態度をとるわけですが、そういうデタッチメントな文体です。読みはじめはなれないので違和感ありましたが、読み進めればそれほど苦にならず、上のような理由で僕は了解したのでまあ必要な語り方なんだろうなとおもいました。

肝心要の彼らだけが、議論に加わらなかった。耳を貸すこともなかった。参加を求められていた。多忙を理由に避けていた。加熱するばかりの論争を知らないかのようだった。平然と作業を続けていた。(p.115)

こんな語りでずっとつづきます。どれも文脈の流れにそって読んでいれば読み手には了解できるものですが、そこにあってもいいはずの要素をかなり文のなかから省略しています。上の引用箇所でいえば、第二文目は「誰が」耳を貸さなかったのか書かれていないし、第三文目は「誰が」「誰に」参加をもとめていたのか書かれていないし、第四文目も「誰が」避けていたのか書かれていない。こういう空白部分を読みの中で読者は補いながら読んでいきます。飛び石をポンポンポンとわたっていく感じでしょうか。ただし飛び石間の距離は決して読者に無理な負担を強いないもので、計算がいきわたっています。

小間切れ短文を積み重ねるといえばハードボイルド調を連想してしまいますが、このお話にアクションは希薄です。むしろ語り手の特徴である、何事からも距離をとる感じ、距離をとった結果自分がどこにいて何をしているのか生き生きとうけとれない感じを、ときにはさまれる語り手の注釈やひとり合点が表現しています。次の引用は、牛丼チェーン店で並盛の牛丼を前に語り手が独白する部分。

どれだけの時間が費やされたのか。労力が、注ぎ込まれているのか。松屋で食べるとき、そんな考えがよく浮かぶ。たやすく生み出されてはいないだろう。何千時間も費やしているはずだ。血の小便が出るほど努力しているはずだ。その末に辿り着いた何かが「並」なのかもしれない。ありふれて見えるものなのかもしれない。そうであるなら、世の中に溢れているありふれた物事は、ありふれて見えるものほどありふれていないことになる。ベーシックなものほど、ベーシックでないことになる。(p.109)

牛丼一杯でこんな風に考えてしまうのが病の兆候じゃないかとか、脇筋にそれて考えてしまいましたが語り手はどうもまじめにそう思っているようです。凡庸さのなかに非凡さを見て取る発想じたい別に新しいものとはおもいませんが(たとえば柳宗悦の民芸)、そのありふれた発想をあたかも一大発見のようにいいたてるこの語り手を、書き手の馳平啓樹はどれほど突き放して書いているのかその辺がちょっと謎です。「分かってやってますよ」ということを示すなら例えばこの語り手の考えを相対化する人物や出来事がでてくるはずですがそういう作りにもなってない。

僕が瑣末なことをとりあげていない証拠に、この作品のキーワードの一つは、「ベーシック」(とその背後に隠れている非-ベーシック)であることからもわかるはず。もうひとつ、この平凡が非凡に裏返るさまは、作中なんどか登場するオセロゲームとも重ねられます。実際、語り手は牛丼の食後すぐ、スマフォでオセロアプリにいそしみます。

突き詰めてみた。結局全ては物質なのだ。そう腹を括った。無限に続く物質だった。僕を取り囲んでいるのだ。(p.124)

そういわれても(笑)。

こんなふうに一人で納得してしまう語り手ですが(このあたり、いやな感じをうけ)、省略が多く希薄化する文体は読む箇所によっては詩のようにも読め、そのあたりは読んでいて楽しめました。

 太陽が照り付けていた。視界を白くたぎらせていた。夕方近くになるはずだった。おかしかった。時間は作りものと化していた。ハリボテみたいに巨大だった。張り合うように見上げた。光の量にやり返された。僕の両目を叩いた。隅々までやられた。熱の塊を感じた。目を背けなかった。その眩しさによく耐えた。すぐに飽きるのだ。どうせ飽きてしまう。飽きてしまえば何でもなかった。
 季節は感じられなかった。春夏秋冬いずれとも違った。密室だった。外から鍵をかけられていた。雲は鎖に繋がれていた。風は一箇所に燻っていた。熱にも自由がなかった。太陽ばかりが煩わしかった。時間ばかりがむやみに威張った。そんな町で暮らしていた。よく働きもした。(pp.122-3)

第二段落のあたりはすごく好きです。最後の二文は歌謡曲調になってしまってるので、個人的にはいらないと思いますが(笑)。

語り手の態度がこの語り口、文体を要請していている作品です。僕はこの語り口は全体としてみれば成功していると思いました。
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