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藤野可織「爪と目」

出典:『新潮』2013年4月号
評価:★★★★☆

読んでいたのでてっきり感想を書いたもんだとばかり思っていたら、ここには何も書いていませんでしたね。というわけで完全に乗り遅れた感ありありで「爪と目」の感想です。

二人称小説というのがひとつのポイントで、これは島田雅彦委員もいってたように、二人称小説の試みはいくつもあれど成功した例はそれほど多くないなか、この作品は「あなた」の使い方が実にうまかったですね。二人称小説というとパッとおもいつくのを列挙してみればビュトール『心変わり』、倉橋由美子『暗い旅』、清岡卓行『フルートとオーボエ』、近年では森健「鳥のようにドライ」、多和田葉子『容疑者の夜行列車』くらいか。色モノでは、木下古栗「夢枕に獏が……」で、作品途中から唐突に「貴様」(これも立派な二人称)を使用していたのに面食らった記憶も。まあとにかく読んでみて、ああこれは二人称うまくいってるなとか、なんだこれは!と違和感をのこしてくれたものがざっとこのくらいだとすると、失敗作や印象に残ってないものがたぶん記憶の底に埋もれたままになっていると思います(笑)。

二人称がうまくいくかどうかの分け目は簡単にいえば、語り手と、その語り手がよびかける「あなた(お前、あんた、貴様etc.)」との関係が、その二人称の語りを必然的な語りの形式として要請しているかどうかにかかっています。特に、日本語の場合、二人称小説がうまくいきづらいのは、「あなた」なんていう言い方をする関係はごく限定されているから。恋人や夫婦関係にあるものに対して「あなた」という場合を除けば、どちらかといえばよそよそしい関係、語り手と語られ手(?)との関係に隙間風のふくような、かい離する関係になってしまいます。それに、日本語だと「あなた」なんていうよりも、子持ちの妻(や夫)が相手に呼びかけるときは「お母さん(やお父さん)」といった親族関係のなかの最年少者からみた「立場」でもって「あなた」の代用とするでしょうし、目の前の人を呼ぶならばたんに「先輩/後輩」という年齢の上下関係で呼びかけたり、「社長/部長/課長/店長……」という役職で呼びかけたり、あるいは「○○さん」と直接名前で呼びかけたりする場合がほとんど(こういう意味でいえば大鋸一正「O介」『文藝』2012年秋号も二人称小説です)。こういうことばづかいの慣習もあって、にもかかわらずそれらのどれも選びとらずわざわざ「あなた」と呼びかけるわけですから、日本語の「あなた」にはかなり屈折した関係が反映される呼びかけ方になってしまう。日本語で「あなた」を使う場面というのはけっこう限定されてしまいます。

この「爪と目」が「あなた」という二人称を必然としているかどうかでいえば、たしかにそう。父親の愛人だった女性(そしてのちに妻となる女性)にたいして、父親のつれ子が感じる微妙な距離感というのは、面と向かって「あなた」とは呼びかけないまでも、こころのなかで「あなた」呼ばわりするのは、よそよそしさ、ぎくしゃく感、さむざむしさなんかを感じさせられて成功している。

 はじめてあなたと関係を持った日、帰り際になって父は「きみとは結婚できない」と言った。あなたは驚いて「はあ」と返した。父は心底すまなそうに、自分には妻子がいることを明かした。あなたはまた「はあ」と言った。そんなことはあなたにはどうでもいいことだった。ちょうど、睫毛から落ちたマスカラの粉が眼球に入り込み、コンタクトレンズに接触したところだった。(p.8)

冒頭から、人間関係がどうなっているのかかき乱されますね。すこし読みすすめていけばこれが、つれ子の「わたし」が、父親の元愛人にむかって「あなた」と呼びかけている語りになっていることが了解されます。

この作品を二人称小説という形式以外でよむとすれば、「邪悪な子供」の系譜に属する作品といえるでしょうか。コクトー、ラディゲ、バタイユの描いた邪悪な子供はそれぞれ、大人の目の届かないところで、世間の常識(あるいは建前)である「子供=純粋、天使」図式を転倒してみせて、さらにその背後には戦争の残した爪痕、廃頽、秩序の崩壊なんかも読み取れるものとなっています。たいして、この作品の語り手の「わたし」には、そういった、ある意味わかりやすい大きな社会的事件の影響は見てとれません(「国内で、長く記憶されることになる天災(p.13)」に言及があるもののこれは完全に添え物です。むしろこの大天災とはほとんど無関係な場所でこの人間関係のドラマが生起していることのほうがポイントでしょう)。わかりやすい図式に落としこまないで、閉じられた人間関係のあいだでおこるやりとりが、舐めとられるコンタクトレンズや、ギザギサに噛まれた爪なんかの道具立てに象徴される不気味さに結晶しています。

二人称語りの成功、これまで描いてきたホラーテイストの作風、邪悪な子供や眼球、爪といった純文学読み好みの素材、大きな物語で簡単に割り切ってしまえない現代的人間関係。きわめてまっとうで、かつ読み終えて、たのしい、ぞっとする作品でした。芥川賞受賞おめでとうございます。さらなるはっちゃけた作品を期待しています!
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