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桐野夏生「残虐記」

出典:『残虐記』(新潮社・新潮文庫・2007年)
評価:★★★★☆

『OUT』で不動の地位を獲得した桐野夏生の、「地味」と言われるらしい中編。この作品では、いくつにも重なる語りの層によって物語に奥行が出る仕掛けになっており、地味どころか極めて技巧的で読み解くことの愉しめる秀作です。語りの層を分けると、

①生方淳朗による手紙(物語冒頭と終末部)
②小海鳴海による作中作「残虐記」
 ②-a「残虐記」内の「泥のごとく」元ネタエピソード
 ②-b「泥のごとく」元ネタエピソードにたいする小海鳴海の回想コメント

何重にも折り重なる物語の層の向こうに見えかくれする誘拐事件の「真実」としてはっきり断定できるものはないわけですが、一枚いちまいベールをはがしていくように、そこに迫っていく過程に想像力を刺激されます。①によって、②の中にフィクションとしての創作が見てとれるというコメントがあるとおり、②に書かれてあることをまるまる「真実」として受けとることはナイーブにすぎます。といって、②に関するメタテクストは①しかないので、①そのものが嘘を孕んだものである可能性を考えると、作中作ではないほうの『残虐記』の内容の真実性を外側から担保する足場はどこにもなくなってしまいます。

となると、信頼できない語り手によって語られる一年間にわたる監禁事件の「真相」には、作中作「残虐記」の読み手にとって結局いくつかの解釈を想像する以外に迫る方法がありません。そしてその想像にも確かな解釈の根拠は与えられず宙吊りにされたままの状態で、常に「想像なんだけど…」という留保がつきまとわざるをえません。この一定の解釈の許す幅をもった語りの仕掛けにたいして、ハラハラドキドキのサスペンス(まさに宙吊り!)を感じるか、「なんだ、結局真相確定できないんじゃん!」といって腹をたてるかは読み手の許容度次第でしょうか。私は前者。

断っておくが、これは小説ではない。二十五年前に、私に起きたある出来事の記憶の検証と、その後の自分自身に対する考察である。(p.21)

なーんてありますが、①のレベルで②の内容に創作の痕跡が指摘される以上、作中作「残虐記」の内容をまるっと「真実」認定しちゃうのはナイーブに過ぎますね。小説においてこれほどメッセージとメタメッセージとが乖離するベタな言表はない(笑)

いずれにせよ、まるまる創作説から、一年間にわたる性的虐待はあった説、生方の語る内容が真相説、作中作「残虐記」真実説、作中作「残虐記」は実は生方の創作で小海鳴海の失踪(殺害?)は生方によるもの説…、ほかにもいろいろバリエーションが考えられます。いずれにせよ、①の外部テクストが存在しないので、読み手にとってできることは、語られた内容から複数の解釈を行ったり来たりしてずっと楽しむこと。そんな作品に思えました。桐野夏生がストーリーテラーとしても第一線で活躍する現代作家であることが分かる作品です。

いわずもがなの蛇足ですが、ストーリーテリングだけでなく、描写の力も随所で感嘆しました。以下は、一年間の監禁から解放された少女に向けられる団地住人たちの反応。

真っ先に目に入ったのは、T川の堤に並ぶ桜だった。早春の桜は小さな固い蕾を付け、枝がうっすらと赤らんで見えた。その向こうにあるのは濁った薄茶の水が流れるT川。その川を挟んでK市がある。私は嫌でもK市が見える自分の家に帰って来たのだった。子供たちが学校に行っている時間をわざわざ選んだ、ということはベランダに干された布団の数でわかった。勤め人も子供たちもいなくなる団地の昼下がりには、ベランダというベランダに洗濯物や布団が並ぶのだ。
 が、そのベランダに、普段は見慣れない物がずらりと見えた。黒い頭。私が帰るのを耳にした主婦たちが、一斉にベランダから眺め下していた。ばかりか、私の住まいのあるB棟の前には、大人が群がって出迎えているではないか。人影を見て、私の気は滅入った。(pp.116-7)

うーん、痺れる!一年ぶりに帰る自宅、気になる周囲の目、わざわざ人のいない時間帯を選んだはずなのに一斉に注がれる好奇と同情の入り混じった目。桜とか布団を干すとか昼下がりとかいった言葉には、のどかな明るさをイメージさせられますが、そこから一気にイメージを転換する「黒い頭」。一斉にベランダから眺めおろしてくる目。言葉のレベルで、明るさから暗さに転換する(桜=ピンク→赤らんで→薄茶の水→黒い頭)と同時に、視線を注がれる女の子の気持ちも、一気に暗いものに転じるところまで読み手に伝えています。いやー、うまい。さりげないですが、随所でこういう描写をピリッときかせることのできる桐野夏生、ますます好きな書き手となりました。
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