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小山田浩子「穴」

出典:『新潮』2013年9月号
評価:★★★★☆

夫の転勤にともない、夫の実家のとなりにすむことになった妻がひと夏のあいだに体験した不思議な話。作中世界の時間設定がちょうどお盆をはさんでいることから、死者が帰ってくる作品として僕は読みました。夫からも姑からも、一言も夫に兄がいたことなど聞かされたことのなかった妻が、引っ越し後、偶然その存在を近所の人の話から知り、それだけでなくその義兄の姿を見かけ、やりとりもします。全くテイストは違うのですが、ヘンリー・ジェイムス『ねじの回転』を思い出しました。幽霊とも解釈できるし、実は本当に義兄が存在しているとも解釈できるし(ただし後者の解釈はこの作品では無理筋に近いですが)、あるいは第三の人物だった可能性もあるし、というこの「いるのかいないのかどっちなの!」の宙ぶらりん状態にサスペンスがあって、先へ先へと読者は続きがきになって読まされます。ただサスペンスなだけでなくて、またこの義兄の存在が、いかにも嘘くさくファンタジックでいい(褒め言葉)。

作品タイトルや、作中にも言及があることからわかるように『不思議の国のアリス』を一つの下敷きにしています。次は義兄とおぼしき人の発言。

要はね、アリスが追いかけた兎はただの兎じゃなくて結局女王の執事みたいな、そういう使用人だったでしょう。ね。しかし、穴に落ちるまでのアリスが見ていたのは実はタダの兎なんだな。ごく普通のね。イギリスのちょっとした田舎にはきっとそういうのがぴょんぴょこいたわけです。ね。それを追いかけている段階でアリスはただの野蛮でおてんばな女の子なわけだが、しかし、穴に落ちてからはそうじゃない。いわば兎は一人格を持った労働者だ。いや中間管理職かな。割合に偉そうな格好しているじゃない? 挿絵でもさ。つまりただのオテンバが妄想になって、それこそが大冒険だ。僕ぁ穴に落ちた後の兎ですよ。(p.42)

このいかにも作り物チックなはなし言葉は、このファンタジーテイストの幽霊話にはもってこい。この義兄にかぎらず、出てくる人物の一人ひとりが容易に想像できる造形で、うまいなと何度も思わされました。「珍妙な舌出し犬のスリッパの姑(p.33)」が個人的にはつぼでした。モデルになった人が身近にいるのかなと思わされるほどのリアルさ。

一方で、デビュー作『工場』でもそうだったですが、人が働いて生きていくことに対する問いがあります。問といっても、「なぜ人は働かねばならぬのか(そんなの嫌だ)」みたいな頭でさかしらに考えるようなものではなくって、そうなってしまっている状況に投げ込まれた働く人間の存在そのものにたいする、存在論的センス・オブ・ワンダーというか。なぜだかわからないけど、とにかく働くのが当たり前になっている人間が、この作品では専業主婦となって暇をもてあまします(笑)。その、人生の空白、作中のことばでいえば人生の夏休みにおこったひとつづきの不思議な体験。ただしこの作品のなかではそう単純にもわりきれません。働くことを「地」としてとらえる人間観からすると、働いていないことが「図」として否応なしに浮き立ってしまい、結果「空白」となるわけですが、嘘くさい(まさにフィクション)義兄との交流を通して、地と図とが反転する世界観にも触れるお嫁さんの世界観は、つかのま見事に義兄の価値観に包摂されてしまいます。このへんも、アリス的。

ひと夏の「空白」をメインとしてとらえてしまうと、冒頭の非正規雇用者と正規雇用者の待遇や考え方の違いの描写が若干細かすぎて、冗長に感じられなくもないですが、この作品全体が「働くこと」と「働かないこと」との二極の価値観の間を、メーター針になったお嫁さんが行き来する作品だと考えれば、納得いきました。

大体いちいちその辺を歩いている動物だの飛んでいる蝉だの落っこちているアイスのかすだの引きこもりの男だのを見ますか。見ないでしょう。基本的にみんな見ないんですよ、見たくないものは見ない。(p.45)

これも義兄の言葉です。働かないことは存在しないことと同義になってしまう価値観が支配的な世の中で、この義兄のような人は、圧殺されてしまうしか道はないのでしょうか。この作品の閉じ方がペシミスティックになっているわけではないのですが、お嫁さんひとりの個人的な体験として、この義兄とのふれあいにけりをつけてしまうと、義兄のような存在に象徴される価値観は結局、多くの共感をえることはできないと、そう読めてしまうことになります。

ファンタジーやおとぎ話、もうすこし拡大解釈してフィクション全般は、元の世界にもどることができる安心感があるからこそ、束の間フィクションの世界で目一杯遊ぶことが可能です。義兄とのふれあいの時間がとても生き生きとしていて印象にのこるものだっただけに、物語の着地点にもうすこし解釈の広がりがあるといいなと思いました(元の世界にもどってこずに、完全に「お嫁さん」があっちの世界の住人になってしまうとか)。義兄の存在は社会的な目で見れば「いないも同じ」かもしれませんが、それが集団になったとき(その価値観のいい悪いは別にして実際に体現してしまう人たちが多くでてきたとき)、社会はその存在を無視できなくなり、急いで名前をつけたりレッテルをはったりしますもんね。

ともあれ、全体を通して、これも『工場』を読んだときに思ったのと同じく、いつまでも読んでいたい、残りページが少なくなっていくのが惜しまれる、作品世界がきちっと造形されてある丁寧な佳作でした。100枚、200枚程度といわず、小山田浩子の書く500、1000枚ぐらいの作品が読みたいです。さっさと三島賞なり芥川賞なりとってしまいましょう(笑)。
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コメント

Secret

No title

取っちゃいましたね(笑)

さすが。

とりましたね。
おめでとうございます。

祝・芥川賞

>名無しさん、ミッケさん
しばらくは育児に忙しそうな気もしますがいずれは中編以上の長さをもった作品も読める日がくるでしょうね。よかったよかった。
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★☆☆☆☆(面白くない)
~★★★★★(面白い)で評価。

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