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二瓶哲也「今日の日はさようなら」

出典:『文學界』2013年9月号
評価:★★★★☆

面白かった。最後のおちのつけ方には賛否あるかもしれませんが、デビュー作のときのように読者を驚かせてやろうというたくらみは書き手の資質として好意的に受け取れますし、いかにもとってつけたようにならないように確かな筆致で最後のシーンにいくまで緊張を盛り上げていく手腕はとてもデビューしたての書き手とは思えません。

新潟の、親族にやくざ関係者がいる一家の話を、哲秋という小学生の視点から描きます。父親きょうだいが四人いたり、それぞれにまた離婚や再婚、子供がいたりと、人間関係がかなり錯綜しているにもかかわらず、それぞれの人の特徴をしっかり読者につたえる端正な書き方には舌を巻きました。ちょっとのシーンだけ出てくる人でも、そのちょっとのシーンに十分存在感があって、人物関係がごっちゃになってしまわない。読み進めながら、人間関係の相関図を埋めていく楽しみがありました。

哲秋とは異母兄の春彦、かれの純粋さ、そうであるがゆえに他人の地雷を踏んでしまううかつさの描き方が特に出色です。次の引用部は、近所の神社の例大祭に出ている夜店のおじさんに、哲秋と春彦が呼びとめられた場面。

「おやじのところで世話になってる者(もん)だ。お前ら、おやじの弟の子らろ? 奢ってやるよ」と男は言った。
「でも、知らね人からもらい物するなって、父ちゃんに言われてるけに」春彦は遠慮した。
「知らね者じゃねえだろ。俺は、うちのおやじと契りを交わして息子になった。だっけに、お前らは、俺にとっても親類と同じら」そう言って、火のついたままの煙草を指で弾き飛ばし、透明容器に入った焼きそばを二つ差し出した。
「ほら、取れよ」
 春彦が手を伸ばすと、男はすぐさま容器を引いて笑った。前歯が二本欠けていた。
「引っかかったな、愚図。お前、学校で苛められてねえか?」(p.105、丸カッコ内は原文ルビ)

この夜店のおじさんはここだけしか登場しませんが、笑顔をみせて「前歯が二本欠けていた」なんて書かれると、もうそれだけでこの人の愛嬌が印象にのこりますね。喧嘩して欠けたのか、シンナー吸って溶けたのかしりませんが、にかっと笑った口からのぞく欠けた前歯だけで、この人の特徴を示してみせます。

さて、こうしておちょくられたあとで二人は、焼きそばをもらえます。が、春彦は焼きそばを食べずに捨ててしまう。彼の台詞に、子供ならではの純粋さ、残酷さがそなわっていて秀逸。

「あいつは親類なんかじゃねえけね。もともと、ぼくは、父ちゃんの子じゃないんだっけ。もし親類っていうなら、哲ちゃんだけら。ぼくは違う。」(p.105)

ヤクザの組長を兄にもつ男のもとに連れ子としてやってきた春彦にしてみれば、ヤクザ=悪という倫理観は、異母弟である哲秋に面と向かって、僕は違う(=哲秋とはほんとうの兄弟じゃない)と言わしめてしまう。この作品は、三人称哲秋視点で書かれてあるので、ここまで読者は哲秋に寄り添った視点で読み進めてきて、夜店のおじさんの優しさにもふれた後で、こうして冷や水を浴びせられて面食らいます。

一方、次の引用はお盆の場面。哲秋の父の兄であるヤクザの組長が、哲秋の継母=春彦の実母と、父とをけなすことば。

「料理は不味いし、ビールは温い。出来るんは子作りだけか。どうしようもねえ後家らな。だっけに、俺は反対だったんだ。世間体気にしたんか、女の体が恋しかったんかしらんろも、まんまと子連れ女にまるめこまれやがって」(p.110)

やはり哲秋視点で読んできたので、こういう傍若無人な発言が、親族の集まっている場でずけずけと出されると、なんともいえない気持ちになります。屈辱、羞恥、反発、もろもろ。こういう、嫌味で他人の心をえぐるような言葉を吐ける人物を、テレビ的なわかりやすい紋切り型を避けて、きちっと描けて安定感抜群です。

こういうごたごたもあって、春彦はますます父親とその実子の哲秋になじめなくなってしまいます。ここから以降はネタばれしすぎてもおもしろくないので興味をもたれた方はぜひご一読を。

最後に。上の香具師のおじさんにしろ、組長である長兄にしろ、他の親族たちにしろ、その存在をありありと感じられる分だけ、登場場面がすくないのがもったいない気がしました。一読者としては、こういう人たちをもっと読みたい渇きを覚えます。この作品はこの作品で、きちんとオチもあり楽しめる一作品なので、上述のひとたちの登場回数が限られているのも十分納得したうえでいえば、この作品を土台にして、その後の哲秋の成長(や挫折)を描く作品をぜひ読んでみたいと思いました。中上健次とはまた違うけれども、一定の土地で、親族たちの愛情や憎しみやもろもろがこんがらがっていくような、広がりを感じさせてくれる世界を感じさせる作品。描写の力も確かです。
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