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大藪春彦「野獣死すべし」

出典:『野獣死すべし』(新潮社・新潮文庫・1972年)
評価:★★★☆☆

なんでも一番最初にその分野を開いた作品は、先駆けたという事実だけで賛辞を与えたくなります。当然日本のハードボイルド小説の夜明けをつげたこの『野獣死すべし』にも、同様の評価をしたくなりました。

現在の小説が書かれる水準から考えれば、下手するとデビューしたばかりの作家のほうが『野獣…』より文章的技巧に優れているし、構成だって理論だってしっかりしているかもしれないけれど、それでもこの作品には、うまくいいあらわせないですが、独特の臭いがそこかしこから漂っていて、その雰囲気にくらくらしてしまいます。

うまく言えませんが、洗練されていないのだけれど表現したいことがあるというような熱とか、自分の表現したいやむにやまれぬ情熱に表現技術がおきざりにされているというか。もちろん、書かれた当時の文脈からすれば、チャンドラーやハメット、マクドナルドのようないわゆるハードボイルド文体みたいなものを手本にこの作品が書かれたのは間違いないですが、その海の向うの文体と、大藪春彦の熱とがガチンコでぶつかり合ってギリギリ軋んでいる、その摩擦、衝撃に、独特の熱が生まれて、読んでいて知らず知らずのうちに作品に引き込まれてしまいました。


今読むと噴き出してしまうのだけれど書き手は大真面目にやってるハードボイルドな文章のうちいくつかを引用。

計算しつくされた冷たく美しい完全犯罪の夢が頭中にくすぶり始め、やがて積もりつもった彼の毒念はついにその吐け口を見いだし、次第にそれは確乎たる目的の型をなした。失った己れを見いだした邦彦は、絶望の淵から死と破壊をもたらすために、苦々しく蘇生したのだ。(p.28)

この、「失った己れを見いだした邦彦は、絶望の淵から死と破壊をもたらすために、苦々しく蘇生した」という大仰な表現(笑)。ものすごく青臭い書き方だけれどこの作品の中にこの言葉があっても、全体から浮き上がりません。

教科書を買う金が無くなっても、瀟洒な外面だけはととのえずにいられない。(p.30)

このへんもハードボイルドなんでしょうか(笑)

何秒か死の沈黙が続いた。(p.74)

自分以外に頼りになるのは、金と武器だけだ。金で買えない物に、ろくな物はない。(p.32)


ちなみに、「野獣死すべし」と「野獣死すべし復讐編」の二篇が収められていますが、前者のほうが圧倒的に荒削りで読んでいて面白いです。
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