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木村紅美「ナイト・ライド・ホーム」

出典:『文學界』2013年9月号
評価:★★★☆☆

岩手で母親の介護をしている青年が、かつての恩師に借金の無心をするため上京した一日の話。作中で、いろいろな嘘が交錯しながら、この作品独特のふわふわしたリアリティを作りだしています。視点人物の北田渉が岩手の外で出会う人はみな、どこかしら嘘をついている気配がありますね。そして、その嘘っぽさを深く追求することもせず、それどころかそのまま信じてさえいる様子の渉は、僕にいわせれば「お目出たき人」というのが第一印象でした。

母親の介護に疲れ、さらにかつての恩師に借金をしにいかなければ生活が立ち行かないという追い詰められた状況は渉にとってかなりしんどい現実で、だからこそこの一日の上京が一種の現実逃避、ないしは夢の中での一日、うそみたいな時間として描かれているわけですね。ツイッター上で知り合った女の子マイとなりゆきで遊園地(しかも名前はドリームランド)に行くというこの小説の立ち上がりは、渉の現実からはずいぶんかけ離れたような一日の幕開けとしてふさわしいです。道中、渉の口からは嘘まみれの自己紹介が出てきます。マイが嘘をついているかどうかは不明ですが、渉がこうして嘘をついている以上、マイのほうも嘘をついている可能性は十分あるんだろうという前提で読み進めることにしました。最初に視点人物が嘘をつく描写が出てくると、自然とその先々で出会う人が語ることばも「これは嘘では?」と疑り深くなってしまいますね。実際、恩師が離婚した男性は自分の生活状況を偽っていたことも暴露されたりしますし。

この嘘だらけ(かもしれない)一日の小説で、もっとも印象にのこったのは作品の閉じ方でした。マイと渋谷で夕飯をとるはずの約束がすっぽかされたにも関わらず渉はこんな風に感じています。

「あたたかくしてね」
 マイの伝言の最後は、そう気遣われていたような、それは自分が男にかけた言葉だったか、眼を瞑ったら、ここはベッドかバスか電車か、わからなくなった。太陽がのぼり、まぶたの向こうの部屋がみるみる明るくなる。きのうは、わるくない一日だったと言い聞かせた。なにより、女の子と観覧車に乗って知らない街を見渡すのにうってつけの秋日和だった。毛布を薄く感じるのなら、もう一枚、持ってきたらいい。おなかがすいて眠れそうにないのなら、あたたかいものを口にすればよかった。(p.66)

しんどい毎日から束の間遊離してすごした夢のような一日。そのあたたかな余韻を感じている閉じ方です。「まだ夢から覚めていない」かのようなこの部分は、あたたかい布団にくるまって「あと五分………むにゃむにゃ」とやっているあの感覚そのまま。書き手も十分わかってやっている証拠に、「ここはベッドかバスか電車か、わからなくなった」と書きいれており、布団のなかの心地よさと重ねる描写をちゃんとを示してくれています。

そしてこの半醒半睡状態は、うすくやわらかな瞼一枚分だけでかろうじて確保された束の間の休息であって、もうまぶたの向こうから否応ない太陽の光あるいは現実であり真実の光がいまにも覚醒させようと射しこんできている状態。さらにこの引用部に批評があるとすれば、「わるくない一日だったと言い聞かせた」の一文。「わるくない一日だった」ではなく、「わるくない一日だったと言い聞かせた」です。嘘に嘘がかさなったことでなりたった夢のような一日を、あえて嘘かどうか真実を追求する態度に出るのではなく、そのまま真偽不明にしておいて心地よい余韻に浸ろうとしている渉のせめてもの願いが感じられます。この一文があるおかげで、渉も薄々嘘に勘づきながらもにあえてそれに乗っかっていたのだと分かる仕掛けになっています。こうなると僕のうけた第一印象の「お目出たき人」は、そうしないと厳しい日常に押しつぶされてしまうかもしれない悲劇性を帯びたお目出たさとして、最後の最後でその切実さが一気に増大することになります。さりげないけれどうまいですねえ。

この引用部の直後にさらに、「見たくない現実なら、眼をつぶればいい」とでも付け足したくなりますがそれは蛇足。渉はきっとそうしてしまわない。眼を開けなければいけないことを自分でも十分わかっていつつ、それでもできるだけその瞬間を先延ばしにしようとする切実な「あと五分……むにゃむにゃ」な状態にいるんでしょうね。

最後に。上の引用部はじめ、さりげない一文や描写にまでちゃんと神経をいきわたらせていて好感の持てる作品でした。

 流れる景色を眺めていると、連なるくすんだ白い壁のホテルに灰色っぽい家々、黒ずんだ木造の民宿や釣具店に仕出し料理屋の看板のあいだから、時折り、藍色に光るものがのぞく。まばたきしたあいだに一気にひらけた。窓が水平線で真二つにされた。十月の終わりの空にはいつのまにかうろこ雲の隊列が広がり沖へ向かってかすんでいって、だんだん空に溶けて区別がつかなくなり、海に接した辺りは淡い灰に近いにごった薄青をしている。波の畝が浮かびあがり、漁船が銀色に輝く線を引き遠ざかった。(p.24)

ここなんて海辺の景色が、印象派の水彩画のような瑞々しい実感でせまってきます。個人的には、こんなふうに世界をとらえられる眼は、青年男性よりも、子供のそれに近しい気がしました。木村紅美の描く子供ものがあればぜひ読んでみたいなと思いました。
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