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山崎春美「皆殺しの天使たち」

出典:『文藝』2013年秋号
評価:★☆☆☆☆

評価を星一つにしたんですが、僕は正直この作品が読めませんでした。だからこれを読める人が読んだら評価が逆転して星五つにもなるかもしれません。雑誌目次のあおり文句は「「あいつただの家庭教師じゃなかったのか……」生ける伝説による初小説」だそうです。作品を最後まで読んだんですがいったい何が起こっているのか全然わからない(笑)。

 ゼアラ・ノー・サッチ・アニマルズ・イン現代、今世紀には絶滅危惧種見たことないような。そしてビッチ。
 ご都合主義だし、だいいちこの品性下劣で俗悪、恥知らずにして粗野で、無知蒙昧な破廉恥漢たるや、渾身一滴の力作たった一振りで、ロミオを袈裟懸けに、返す刀で欲得ずくに魂抜けたジュリエッタを峰打ちに、たぶらかしては、我々のようなずぶの素人を舞台裏の闇市に連れ込むのが、常套手段なんだ。隅でこっそり、いつのまにかお勘定を済ませる彼らの、例の手口にまたもや、出し抜かれてしまう。余震でひしゃげて馬鹿になったひらきっぱなしの蛇口から、ざくざくと貴重な真水が、出しっぱなしに流れ続ける。テーブルの下で渡されるのは決まって「お釣り」と次回優待券だ。口止めのつもりさえない。(pp.220-1)

作品途中からの抜粋です。薬でもキメてキーボード上の手が走るまま、自動筆記よろしく意味を置き去りに疾走する文章が延々つづきます。作品冒頭では、天使の死体が積み重なっている様子が描写されますが、そこからだんだん作品の世界で何が起こっているのか全く分からなくなってしまう。誰が何をしているのかもよくわからない(笑)。

一応、語り手はいるようで天女の死体を前にして、

なぜか右目だけ、海賊風の眼帯をしていた。ストラップが斜めに顔面を横切り、後頭部で留められていた。まずは似合わないこともない。そうっと外してみる。見て、すぐにまた元に戻す。(p.225)

と、眼帯をいじっている。けれどこの人物がどこの誰でどんな外見、心理でというのは読んでいってもわかりません。

書き手の山崎春美がインディーズバンドにかかわった人物で、ネットでしらべると町田町蔵や坂本龍一といった人物ともセッションしたこともあるようなので、そういう界隈の人だということはわかりました。であるならこういう作品も、「生ける伝説」なんていわれる(どこで伝説になっているのか僕は知りませんが)この人をよく知る読者に限ってはありなのかもしれません。

ただ、ここで書きつけられたことばがラディカルなものかどうかはまた別モノで、例えば

心臓が口から飛び出しそうだ(p.226)

というふぬけた慣用句を書きつけてしまうところなんかは、詩にもとめられることばの吟味という点では落第です。「天使が……」とか「死が……」といってなんだかよくわからない雰囲気だけのことばを連続させて繋がっていくイメージも、どちらかといえば大衆的なポップミュージックのPVじみているように僕には思えました。天使にしろ死にしろ、俗悪なビジュアル系バンドの歌詞に頻出するモチーフです。

中学生にはアピールするだろうけれどある程度音楽を聴いた経験のある人にはその種の音楽がまったく響かないのと同様、この作品のことばたちやそこから立ち上がるイメージも、僕には新鮮な印象はまったくありませんでした。この作品を評するときに、「感性」とか「前衛」とかいうことばを使いたくなる人がいるかもしれないけれど、ここに書かれてあることばづかいやイメージは、上でいったように平凡です。きっちりとしたストーリーラインをもった作品を書けたり、レトリックとイメージの関係に細心の注意を払えたり、しっかりした文体を持っているような人が、あえてこういう作品に挑戦するというのなら分かります。一方、この作品はたんに、小説を書けない人が、「感性(笑)」を言い訳にして小説もどきを書いただけにしか受け取れません。手持ちの「感性(笑)」だけで突っ走ってしまうのは、勉強不足とか読書不足の別名です。小説らしくない小説を書いたつもりが、出来上がったものが実に凡庸な代物だった、というのはよくある話でしょう。
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