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森内俊雄「飛行機は南へ飛んで行く」

出典:『新潮』2013年11月号
評価:★★★☆☆

これを小説として読むと星2つなんですが、小説というより小説仕立ての回想録として読むと楽しめました。作品冒頭でいきなり

 明治の初め、アメリカの生物学者エドワード・モースが発見して、日本近代考古学の端緒となった大森貝塚で有名な東海道線・京浜東北線の大森駅で下車した。(p.204)

小説だったら、「明治の初め……有名な」までは二本の抹消線を上書きして「トル」と書きたいところです。この後を読んでもモースは内容と無関係。ここでこんなトリビアは誰も求めていません。ヴァレリーの「小説は歩行、詩は舞踏」にならえば、読者を着実な歩行で目的地にまで誘導するのが小説の使命です。いたずらに脇見をさせて読者の歩みを立ち止まらせるのは──わざとそうさせることをたくらんだ小説でないかぎり──小説失格です。無駄に読者に負荷をかけてもしょうがない。なので、この作品を小説として読むのではイライラしかしなかったでしょう。せっかく読むので読みのモードを切り替えて回想録として読んだところ、この後も再三出てくる細かい情報の挿入もいっそ面白く読めました。

本作の書き手である森内俊雄が早稲田の学生として過ごした日々のことが綴られています。

一九五六年、昭和三十一年四月。終戦から十一年、戦後は終わった、と言われていた。(p.206)

この時期、早稲田大学で青春期を過ごした森内俊雄。経済白書でこそ「もはや戦後ではない」といわれたころであっても、地方と都市ではまだだいぶ経済格差、文化格差があった時期。この格差が大学での浮世離れした教養主義を煌かせたわけですね。

著者の青春時代の思い出のなかでは、ロシア語学習や文学作品読解、詩作に記述の多くが割かれています。合ハイ(当時は合コンではないんですね)とか映画といった、どちらかといえば軟派でオシャンティなにおいのする娯楽は出てきません。早稲田に当時まだ残っていたバンカラな気風にわりとすんなりなじんだようで、高歌放吟しながら駅から歩いて帰ってきたとか、部屋で歌をうたっていると下宿のおばさんから注意されたとかのエピソードが読んでいて面白い。当時は(戦争)未亡人のおばさんが経営する素人下宿が大学町にはたくさんあったんでしょうね。ひとつ屋根の下に、居候とか食客とかよばれる人たちがお互いよく知らぬまま間借りしていたのも、当時としては珍しくない風景だったはず。このへんを安易にノスタルジーにのっかからずに橋本治あたりに書いてほしいなあ。

さて。細かい情報が数々挿入されるなかでも、人名がたくさん出てきます。

二年生のとき、わたしは出席日数不足で単位を取り損ねて、一年下の人たちと一緒にロシア語を勉強する羽目になった。そこには、後に教授となったロシア・アヴァンギャルド研究の水野忠雄がいたはずだが、残念ながら、お互いに知らないでとおした。漫画家の東海林さだおも同学年のはずだったが、相知ることはなかった。このすれ違いについて言えば、一年上には三木卓がいたが、お互い知りあう機会はなかった。また五木寛之、後藤明生とも年齢や在籍年数などの違いで在学中に遭遇することはなかった。残念な気がする。(p.211)

これだけ長々書いた揚句、「誰にも出会ってないのかよ(笑)!」と思わず突っ込みを入れました。もっとも、ここで名前が出ている有名人にこそ出あわなかった(記憶がない)ものの、李恢成とは会話を交わしているし、ロシア文学を中心に教授連にも名の知れた人がちらほら。今みたいに単位に汲々とするばかりではなく、「早くロシア文学を原書で読みたいと思った」というような素直な情熱も吐露されていて、つくづく、ああ教養の輝いていたころだなあ、と感慨深く読みました。まあノスタルジーまじりで美化されているだろうし、学生はいつの時代でも(あからさまにか心のなかに押し隠してかの違いはあれ)単位を欲しがったはずですが(笑)。

僕は不勉強で、港野喜代子という詩人がいたことをこの作品を読んで初めて知りましたが、森内俊雄が当時創刊した同人誌に掲載された彼女の詩「結晶」が、時を経て森内の長編『氷河が来るまでに』として結実するといった作品の舞台裏に、時間の風化に耐えることばの強さとその響きあいを感じられて、詩ってやっぱりいいなあと思った次第。最後に彼女の詩の一部を引用しておきます。

  わずかな生涯を コップの中の
  泡くずに浸っていたのでは
  洪積世直前の氷河の動きはききとれない

  常に大地の胸かき破って つかみだした
  濁ったものをも順々に並べてみよう

  煙色の水晶だってあるんだ
  氷河の来る前に
  人間の わびしい言葉を うんと集めて置こう(pp.223-4)

「氷河の来る前に 人間の わびしい言葉を うんと集めて置こう」は、いいですねえ。
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