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ケン・カルファス/都甲幸治訳「Pu239」

出典:『すばる』2013年12月号
評価:★★★☆☆

だれかが単純なミスを冒した。この設備の青写真によれば起こりえないはずのミスだ。(p.216)

大事故は人為ミスが引き金になるのは定番ですね。のっけから事故が起こったのは、ソ連の核処理施設。そこで技術者として働くティモフェイという人物が主人公で大量被曝して余命わずかになったことから、施設のプルトニウムを盗み出して裏社会の筋に横流ししようと画策する短編です。一介の技術者に兵器転用も可能といわれる物騒な物質が盗み出せるのかと考えだすと怪しいところがありますが、「崩壊後のソ連が舞台」ということでなんとなく納得させられてしまう(笑)。混乱は政体レベルだけでなく、人間をとりまく生活環境レベルにまでも及んでいます。リスク満載。

 それに、プルトニウムだけではない。まるで暖かい風呂水のように彼を取り巻いている空気中の物質をティモフェイは敏感に感じていた。知覚はできないが有害で、原子より小さな物質、群がる顕微鏡的な大きさの物質、長い名前を持つ化学物質。農薬や溶けた電池の残り、鉛入りのガス、ダイオキシン、硝酸塩、廃棄された有毒金属、処理していない下水で発生する致死的なウィルス性の生物に彼の体は浸されていた──偉大なるソヴィエト産業帝国が生んだ、発癌性のそして様々に有毒なぬかるみのすべてだ。ソヴィエト的人間(ホモ・ソヴィエティクス)らしく傷ついた染色体や金属の蓄積した組織、ぼろぼろの骨、破れた細胞膜、酸素不足の血液のごたまぜとしてティモフェイは人生を終えようとしていた。(p.230)

いやー、散々です。人体に有害な物質の羅列は、これだけずらずら書かれると、なんだか笑えてきます。それでもお前生きてるのかよ!というツッコミを入れました。これは今日本で安穏と暮らす僕みたいな人間にとっては対岸の火事だけれど、高度成長期の日本の都市部だとか、現代の北京なんかは近いところがあるはず。大学の研究室でもかつては毒物・劇物管理がかなりずさんで、排水溝や側溝に水銀をそのまま垂れ流していたという話をじかに見た人かが語っていたのを思い出しました。こういう「人間の経済活動が人体に有害な物質を生産し人体を冒す」というテーマに真正面から組みあえば『苦界浄土』みたいな重厚な小説ができあがるんでしょうけど、本作はシリアスな側面は後景に退き、僕のように対岸の火事を遠くに眺めるようなスタイルで書き手のケン・カルファスも書いている気がします。あくまで「お話」という枠組みのなかで読んで楽しい作品を志向している。

話の筋はものすごく単純で、この危なっかしい物質が誰の手にどうやって渡るのか、が見せ所。こういう場合、正直に相手を信じたほうが負けるパターンですよね。結局、持ち出されたプルトニウムは、マフィアの男によって強奪されます。が、このマフィアはプルトニウムがどれだけ危険な物質か知識がほとんどなく扱いがかなりぞんざい。「知らない」ことが死に直結する場面がかなり笑えました。

 彼はそれを金の横に置き、引っ張って蓋を開けた。銀色っぽい灰色をした、こんなふうなものは今まで見たことがなかった。彼は指を唾で濡らし、容器の中に突っ込み、少し表面に指紋が付く分だけ取った。ブツはチョークみたいな味がした。
「これ何だって言ってた?」
「プルトニウムだ。ボリビア産だって」

「これはひどいwwww」と思わず読みながら爆笑しましたが、僕のプルトニウムに関する知識も似たりよったりなものなので、舐めるまではしないものの、指を突っ込むぐらいは普通にしそうです。バケツでウランの世界が現実にありましたし、きっとこの先もこんな間抜けな事案は世界のどこかで発生することでしょう。このシーンのあとコカインのように鼻からプルトニウムを吸引して、原子の炸裂するさまがマフィアの頭のなかで展開します。ここは必読、ぜひ本文を読んでみてください。

コミカルななかにも現実と地続きの視点があって、分量のわりにおなかいっぱいになった短編でした。鼻からプルトニウムはなかなかない発想だなあ(笑)。

(追記)やっぱりいるんだなあ。メキシコで放射性物質「コバルト60」強奪した男二人被曝。
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2073211.html
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