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松波太郎「イベリア半島に生息する生物」

出典:『文學界』2013年12月号
評価:★★★☆☆

 母親の体内にいたときのことはさすがにまったくおぼえていないのですが、ほら、今おなかのあかちゃんが蹴ったとは言うのに、叩いた、突いた、パンチした、とは言わないことまで最近の自分は遡って考えるようになっており、何かを蹴りたい本能がヒトの体内のどこかには先天的に埋め込んであり、ときどき意識の間隙をついて姿を現すのだと思います。(p.224)

作品冒頭で、動物としての人間の根幹に「蹴る」動作をもってきて、以下はヒトがいかにしてその身体の感覚に目覚めるかという話が展開していきます。比喩的に「身体の声に耳を澄ます」と言ったり、あるいは「身体を酷使する」とか「身体をいたわる」とか日常的にいったりもする僕たちですが、あらためて考えてみるとそういう言い方のうらには身体をなにか受動的な存在としてとらえている意識優位かつ身体劣位の認識が横たわっていることがわかります。

本作では身体が意識から働きかけられる受動的な存在にとどまらず、自分で積極的に動いていく能動的な存在として描かれます。紋切り型として身体と意識を二分割しておいて、作品はじめは意識中心のストーリー運びだったのが、話が進んでいくにしたがって身体が意識のくびきから自らを解き放ちはじめ、暴走するという作りになっている。しかも暴走する身体側からの声が全くないところが読んでいて非常に不気味でした。意識のほうとしては身体がなにを「考えているのか」を忖度するというかたちで、どこまでいっても身体を他者としてしかとらえられない、そしてそこで意識がとらえている気になっている対象も所詮は意識が想像した身体にすぎません。身体の「真の声」を聞き取ることができません。暴走する身体にたいして、意識が発する「おまえは何を考えているのか?」という問いかけの間抜けさは、あらためて考えてみると意識の思い上がりから生まれる問いかけですね。

こういう風な話の骨格だけみてみると哲学的な方向にも進みそうですが、そこは松波太郎。独自の、ゆるい文体で読ませてくれます。サッカー留学でポルトガルに近い町でトレーニングしている語り手が、日本語を封印されて当地で身体をうごかすことで、言葉と動作との一対一対応が組み替えられるところなんか面白かったです。

基本動作の”トラップ”(来たボールを止めること)。”ドリブル”(ボールを前に蹴りすすめること)。”パス”(ボールを味方にわたすこと)のそれぞれの範囲がちがうような、これまで日本で長年教えこまれてきた用語の一つ一つがとり去られる印象も同時におぼえます。(p.236)

サッカー留学する前の日本にいたころは、いわば言葉の鋳型によって身体の動きを過剰に限定してきたわけですね。母国語とは違った言葉が使われる土地に、身ひとつで飛びこんで今まで使っていた鋳型が通用しなくなることで、身体は自分を型にはめていた枠からはみ出して新たな動きを獲得する。このへん言語哲学的にみても面白いんじゃないかな。

ここまでであれば、異国の地に留学しサッカーをプレイするなかで、新しい体の動かし方を手に入れた人間の話にすぎません。一種の穏当な成長譚、常識の枠内の話。しかし本作はそこにとどまりません。サッカーの練習中に、

 ……しょうがないな
 とわざわざ心の中でつぶやき、自陣に引き返そうとします。
 ……ん?
 頭では引き返そうと思っているのに、足が言うことをききません。
 ……いッ
 相手ゴールに向かって走りつづけ、ゴールポストの鉄柱にぶつかる寸前で、急に右に曲がりました。
 ……おいッ
 そのままフィールドを仕切る石灰の白い線もこえ、金網に一度体当たりでぶつかってから右側の扉を見つけて狡猾にノブをひねり、フィールドの外にでていったのです。(p.237)

と、身体が暴走しはじめます。文字通りサッカーフィールドから飛び出すだけでなく、それまで自分が生きてきた枠から飛び出して、外部の新しい世界へ出ていくという比喩にもなっています。このあとの、全く耳を貸さず暴走する身体に、意識が絶えず呼びかける場面なんかは、この作家らしい落語的なすっとぼけたリアリズム調で読んでいてにやにやしっぱなしでした。

ラストまで、どうアクセルを踏んでいくのかその描写はもう本作を読んで楽しんでいただくしかありません。ここでないものねだりをするなら、もしこの身体の暴走が、東京や大都市のど真ん中で起こってしまったらどうなったろうと、そのへんを描いてくれればまた違った作品になったかもなと思いました。本作では身体が自然のなかへ回帰するという、全体を通してみると分かりやすい図式にはまっています。もし身体が自らを解き放っても、そこで自らを取り囲む環境がたくさんの人工物と意識に支配された人間たちばかりの環境であったなら、どんな事態に陥っただろうかと思うのです。結局、人ごみをふりきり東京湾に出て行って、海の水面を超スピードで走って渡り、アフリカ目指すとかになるのかな(笑)。
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