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絲山秋子「下戸の超然」

出典:『新潮』2010年1月号
評価:★★★★☆

超然シリーズで単行本になっていたはず、そのうちの「下戸の超然」です。絲山さんの作品は人間関係の距離感のとらえ方、表現の仕方が非常に適切で、こういう人いるいる、こういう人ならこういう会話する、こういう考え方する、という「もっともらしさ」をさらりとやってのける一級の書き手だと思います。この作品を読んでその感慨を深めました。

下戸について書くよりも、酒飲みについて書きはじめるほうが分かりよいと思います。酒飲みという人種は、その場にいる人をどんどん巻き込んで、まあまあ一杯、じゃあそちらも一杯、という形でお互いの壁を酒の力を利用してとっぱらい(ノミニュケーション)、一体感を味わう人種のことだとすると、下戸とはその対極の存在。ぶしつけに他人の領域に入っていかない、入っていかない代わりに自分も他人にはずけずけと入ってほしくない、そういう人種が下戸です。下戸の語り手広生もそういう人物で、だからこそ酒飲みの人たちの間にいると居心地の悪さを感じるし、何かにつけて一緒に行動しようとする恋人にも、なんでも結婚に結びつけようとする打算さえ感じられうんざりとしてしまいます。下戸の会の中にあっては他人のプライベートなことはきかないというルールのもとお互いに居心地の良さを感じています。

ここではいわば、二つの異なるコミュニケーションの流儀を、どうすり合わせるか(あるいはすり合わせないか)が焦点となっていて、結局自分の流儀を曲げない(=超然)広生は変化することなく、かといって自分のいいと思うことを強引に押しつけるだけの恋人美咲もそのやり方を変えないので、互いが別れてしまうことは必然だったのでしょうね。二つのコミュニケーションの流儀の対立は、一種神学論争的な対立にすら思えます。それをきわめて現代的な人間関係に無理なく落しこめる絲山秋子すげえ。

スクリブルのような小道具の使い方もうまい(広生と美咲が中いい時はゲームに興じる二人がとてもエロティックに描写されるし、関係がぎくしゃくし始めると現れる単語もネガティブなものになってしまう)。会話の運びも、あるあるこういう会話あるよ!と言いたくなる物ばかりでほんとうにもっともらしさを演出する手腕には舌を巻き通しでした。
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