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堀江敏幸「その姿の消し方」

出典:『新潮』2014年1月号
評価:★★★★☆

『新潮』で堀江敏幸が書いている詩人アンドレ・ルーシェもの(正確にいうとルーシェを追う「私」が語り手の小説)は断続的な短編連載ながらまいど楽しみにしている読み物のひとつ。清流のような文体とでもいいのか、文章の流れに身を任せて読み進めていって終わるころにはすっきりしている自分に気づく、読む過程そのものが楽しい作品です。

「残された資料の少ない物故詩人の作品と生涯を追う」という物語の主軸が、テレビ的な人物ドキュメンタリーとは全く違う小説的なことばづかいで展開されます。語り手の日々であう人たちや見聞する事物の世界と、言葉の世界とを行ったり来たりする筆遣いの自由さに魅了されっぱなしです。具体的な世界と抽象的あるいは記号的世界を無理なく行き来する書き方は堀江敏幸独特のものですね。

モグラのように生きるという言い回しは珍しくないけれど、出不精のモグラとはまことに重言的で興趣に富むと感心して先を進めると、どうも意味が通らない。そこでひとしきり雑談をしたあとその本の該当箇所を指さして見せると、モグラじゃないわよこれは、あなたの読み間違い! と彼女は大笑いした。なにをどう思いこんでいたのか私は「部隊(トループ)」と「モグラ(トープ)」を読み違えていたのである。塹壕を掘り、そこに砲弾が落ちてといった物語のなかで、モグラを使う慣用句がしっくりくる節々があったのだ。(p.142、カッコ内は原文ルビ)

外国語の読み間違いが文章に思わぬ意味を生み出す瞬間。堀江敏幸かその知人かで実際にあった話を下敷きにしているとしか思えない面白い読み間違いです。そしてモグラネタがじつはここ一つだけではなくてこの短い作品のなかで折にふれて顔を出す。

液晶画面で出来映えを確認すると、狭い高架下の喫茶店のいちばん奥の穴倉にもぐり込んで身を寄せ合い、笑みを浮かべた二匹の中年モグラが写っていた。もぐり込むという言葉には、モグラの音がくぐもりがちに響いている。(p.143)

モグラの顔の出し方も全く不自然にはなっていない。「詩」がひとつの重要なモチーフとなっている作品なので、一つのワード(今回はモグラ)の周りを自由連想のようにつないでいかれてもそれほど唐突感はありません。むしろこの論理が飛躍しつつも音やイメージではしっかりと繋がっているところは、小説というより詩を読んでいるような感覚にさえなります。堀江敏行のこの巧みな語りまわしは、ルーシェもの連作で極まった観がありますね。そしてモグラネタはとうぜん在りし日のルーシェの姿へと繋がっていく。

村はずれの戸建てに籠って会計検査の仕事をこなしつつ、レジスタンスではモグラもどきの活動をしていたルーシェの姿を、私はいつまで追いかけるつもりなのだろう(p.144)

この作品を読む場所は、すしづめの通勤電車とかゴミゴミした大学図書館ではなしに、ひとのまばらな公園とか緑のある屋外が最適でしょう。最終的に何枚ぐらいの作品になるのかわかりませんが、ずっと読んでいたい気もするし、一方では単行本になったものをまとめて、早いうちに再読したいという気もします。
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