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本谷有希子「トモ子のバウムクーヘン」

出典:『新潮』2014年1月号
評価:★★☆☆☆

「悲劇は立場をかえてみると喜劇だ」のように、立場を変えてみるとものの見方がガラッと変わることは誰しも経験したことあるだろうと思います。「立場を変える」を「視点を切り替える」と読み変えてみればこれはまさに小説の得意分野であって、これを利用しない手はありません。

本谷有希子の本作もそういう趣向で、外から見れば「バウムクーヘン作りにいそしむ主婦が途中ソファーで休憩をとってまた再開した」というだけの話を、主婦トモ子によりそう視点からみてみると実は……というつくりになっている。読者はもちろんトモ子なんて人とはこの作品ではじめて出会うわけですから、読者視点はあくまで「外から視点」。トモ子のことを他人事と考える読者の視点を、どうやればうまくトモ子の視点に同調させられるか、トモ子のあじわう恐怖をどうやれば読者にもあじわわせられるか、が本作の成功のカギをにぎっているはず。

結果からいってしまえば僕にはトモ子の視点に最後まで同調できず、身の回りにおこるたんなる日常の出来事にいちいち裏の意味を読み取ろうとするこじつけ気味のトモ子の思考にイライラしっぱなしでした。トモ子が大げさに妄想するたび「そんなのただの思いすごしじゃん」と鼻白むばかり。作品冒頭はこんな感じ。

コンロの火を弱火にしていると、トモ子には、この世界が途中で消されてしまうクイズ番組だということが、突然理解できた。(p.146)

合理的に考えるなら、「この世界はクイズ番組だ」と積極的に肯定できる証拠が出てきた時点でそうだと同意すればいいだけで、読者にはその証拠は何も与えられていません。よって物語冒頭でのトモ子の確信する世界観と読者の世界観とはかけ離れている。このままではあくまでトモ子のひとり合点なので、他人が抱く「そんなのただの思いすごしじゃん」という軽いあしらいを、どうねじふせて説得するかが書き手の技量に掛かっています。けれど書き手のほうで読者を説得する気ははなからないのか、ずっとこの妄想が垂れ流されるだけ。トモ子の妄想は読み手(すくなくとも僕)の認識と最後まで架橋されず、最後まで他人事あるいは対岸の火事にとどまったままでした。

ソファーのそばに飼い猫のウーライがやってきて

「何が目的?」トモ子はソファに寝そべったまま口にしていた。「ウーライを操ってるやつ、何が目的なの?」(p.148)

これもトモ子本人には飼い猫ウーライが何かに操られていると確信させる何かがあるはずなんでしょうが、その「何か」は読者に示されずじまい。したがって、ここでも読者はトモ子の一人芝居を白けて見せられているだけ。

今になって気になっただけかもしれないが、水滴は拍子抜けするくらい単調なリズムを作り続けていた。ボタ、ボタ、ボタ、ボタ。(p.149)

水滴が落ちるくらいどこのうちでもあるでしょう。トモ子が感じているはずの恐怖を読者は全く共有できませんし、極めつけは、「ボタ、ボタ、ボタ、ボタ」なんて間の抜けた擬音をつかっちゃうとこれはもう漫画です……といった瞬間漫画に失礼だと思いなおしましたので、さらにいいなおして、これはできの悪い漫画あるいは小学生の作文レベルの表現。

「なんだかわからないけれど、このままだと何かとてつもなく大変なことが起こりそう」という妄想に取りつかれる状況を、たとえば精神病理学──僕はオカルト科学読み物として興味深く読むわけですが──のなかには「アンテ・フェストゥム(祭りの前状態)」と名付ける人もいて、それに関するドキュメント、著作もままあります。少なくともこれらのドキュメントは、精神分裂病(呼び変えられる前の報告なのでこのことばで呼びます)と診断された患者らの実体験にもとづいた報告であって、それを読む僕はその世界観は共有できないけれどもしかしその患者本人にとっては本当らしく感じられる真実味を想像的に追体験します。結局、これら症例報告にあって、短編小説「トモ子のバウムクーヘン」にないのは、世界の崩壊の予兆を体験している人間が、その予兆を真実そうだと感じているかどうかという真実味にあるんじゃないでしょうか。もちろんトモ子というのはフィクションのなかの存在ですからより正確にいいなおすなら、書き手である本谷有希子が、トモ子が感じているとされる「なにかがおかしい」という恐怖を本当に信じてあげられていないのではないか、どこかで本谷本人が「結局作りごとでしょ」と一線を引いてしまっているのではないかと思うのです。一線を引いていても、書かれてあることをさも本当のことのように読者に信じ込ませてしまえるのならそれも歓迎なんですが、この作品の文章にはそういう技量も見つけられません。
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