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円城塔「これはペンです」

出典:『新潮』2011年1月号
評価:★★★★☆

年末で本の整理なんかもしているので売るか押入れの奥にしまうかする前に読み残しているものにはざっと目を通しておこう三作品目。これは再読になります。

そういえば数日前に急にこのブログにアクセスがふえてどうしたことかと原因を推測してみるに、第150回芥川賞の候補作が発表されたんですね。木下古栗「新しい極刑」は入れてほしかったですが、こればっかりは文藝春秋の興行に関わる人の見識にはかなわなかったようで仕方ない。あるいは覆面作家ゆえに候補に挙げられるのを辞退したか。この作家はもう、いったん外国で売れて逆輸入で日本に上陸、外圧によって日本の読者にその名を認知される的な方法でないと広く届かないのかなあ、なんて溜息ついたりもしています(笑)。諏訪哲史とは違った経路から峻険なマニエリスム文学の山にアタックしている現代文学サイボーグだと思ってるんですが……。うーん。

さて、今回の候補作(者)のなかではどの作品(人)が受賞するのか楽しみですね。僕は意欲的に書いている松波太郎応援です。岩城けいは小説として面白く読んだものの直木賞とか、新潮クレストブック的なテイストじゃなかろうか。まあこれも関係者の見識です、見識。

そして本作、円城塔の「これはペンです」。この作品の周辺から語れば、作中のDNAに関する記述について選考委員の村上龍からダメ出しがあって、他の選考委員のなかには丸をつけた人(池澤夏樹・小川洋子・島田雅彦)もいたようですが、結局受賞はしなかった作品です。村上龍本人による「DNAに関する記述が不正確だ」「通常の物語とは違う文学世界を作るときに、ディテールで間違うと決定的だと言った」発言はここで確認できます。

【村上龍RVR龍言飛語】vol.223 芥川賞、受賞作はなし (注意:音が出ます!)

後日談として、この発言にたいし円城塔とその周辺の人が、「どこが間違っているのか」について質問をしたという情報もネット上にはあるんですが、その一次情報ってどこにあるんでしょう?『文藝春秋』か『新潮』に公開質問みたいなかたちで載ってるのかもしれませんが、ざっと見てみた限りだと見当たりませんでした。

そんな作品ですが、僕は面白く読みました。ストレートに、素朴にこの小説をうけとるなら、ヘンテコな研究開発にいそしむ叔父から姪のもとに手紙でメッセージが届けられ、その内容や送られてくるものについて姪が読解していく物語、といえます。全篇が手紙というわけではないので書簡体小説のくくりには入らないかもしれませんが、現代の書簡体風小説とはいえるかもしれない。

ただ、上で要約するときに「ストレートに」とか「素直に」と書いたように、うがった読み方も許してくれる──むしろそういう読み方を誘っているように僕には読める──柔構造がこの作品のいたるところに仕掛けられていて、それがこの作品の魅力と懐の深さを示しています。たとえば一度も姿を現さない「叔父」は何者なのか、そもそも人間なのか。

叔父は文字だ。文字通り。(p.8)

とあり、むしろ姪が叔父の存在をこの作品の中で語り続ける限りにおいて存在を現すような、単なるひとりの人間ではない、「叔父」という言葉で名指されるなにものかに思えます。僕は、この小説は、姪と名乗る存在(こちらも人間にかぎりません)がひたすら書きあげた「これはペンです」プログラムであって、そのプログラムが読者の頭のなかでデコードされて初めて立ち現われて来る存在が「叔父」なのだと思えました。だからデコードの仕方によって、叔父は人間にも、紙の上の存在にも、ブルバキのような研究者集団にも、DNAのように集団の中で伝達されていく単なる情報断片にも姿を変えることができる。小説ではなく現実の世界でも、キヨシ・オカが数学者集団のペンネームとしてうけとられたという伝説もありますよね(笑)。

穏当な小説だと「叔父」なんていわずにもっと一般読者フレンドリーな比喩表現、あるいは固有名詞で、その変幻自在さを表現したのかもしれません。そこをあえて、この読者参加型の存在の呼称を「叔父」としたところに、読者の頭を混乱させる円城塔の目論見があった、そんな風に思います。

マッドサイエンティストの壮大な実験は最後に究極の破滅を迎える、は物語の定番です。本作の叔父は間違いなくマッドサイエンティストの部類に属する存在ですね。姪が叔父から手紙を必死で読んでそのメッセージをやっと解読したり、姪の母が叔父さんのことを理解できないように、叔父は人知を超えた存在です。だけど叔父からのメッセージを読み取ろうとする者にとっては確かな手触りで存在しはじめる。しかもとってもチャーミングな仕方で。

「親愛なる叔父さんへ
 人騒がせを有難う。でももう危ないことはやめて下さい。わたしがメッセージに気づかなければ、叔父さんはテロの容疑者として逮捕されていたはずだから。
 叔父さんの素人探偵としての見解は、現在FBIが調査中だそうです。メールにこんな突拍子もない単語を書かせるのはやめて。
 もう、本当に危ないからやめて下さい。フォート・デリックから流出した炭疽菌のDNAパターンの一部をスクラッチするなんてことは。炭疽菌のDNA単体が人間に感染したりしないことをわたしは知っているけれど、国家の安保に関わる人たちまでが、細かな生物学的知識を常識にしているとは考えないで。書かれるべき文字を知っているなら、誰でも文字を記すようにしてDNAを組み上げられると知っているとは思わないで。(後略──引用者)(pp.34-5)

「姪:君は一目で見抜いたろうから、まず検査の手間は省いておこう。この手紙のルミノール反応はプラスだ。わたしは自分の血でこの手紙を書いている。出血は少なくないものだったが、命に別状ないので安心してくれてよい。流れ出るままにしておくのも何やら勿体なかったのでこうして使っているだけだ。落石に巻き込まれてね。下敷きになりかけた。パワーショベルを使っていたんだ。岩を積むのに熱中してしまってね。文字をスプレーで書き殴った岩を積むのに。挙句、この体たらくだ。折角積んだ文字たちも崩れてしまって使い物になりはしない。文字通り、文字に潰されかけたよ。こうしてまた積み直しているわけだが、やはり片手で運転するのは辛いな。今回はここまで:叔父」(pp.36-7)


こうして叔父の実体は一度も登場しないまま、姪は成人します。

 成人したわたしはそろそろ、叔父との付き合いを減らす時期にきたのだと思う。わたしはそう遠くない未来のどこかで、わたしの中の女の子について記す道具を探し始めることになるはずだ。それはきっと、多分おそらく、いや一体、どんな形をしているだろうか、わたしは今それを考えている。
 それは叔父ではないはずだ。
 それはもう、こんな文字ではいられぬはずだ。
 たとえそれが、あなたの目には文字なのだとしか写らなくても。(p.49)

マッドサイエンティストのありきたりが「最後に失敗」だとすればこの小説はそのありきたりをうまく裏切っています。叔父さんのプロジェクトが姪に引き継がれることによって、失敗は先延べされる。

叔父さんから届いたメッセージは、「わたしの中の女の子について記す道具を探しはじめる」ことになった時点で、暗号→読解の煩雑な迂回路を経ることなく直接、姪の体内に流れる血となって姪に生きづき、姪を「叔父」の位置に据え付けます。それはさながら叔父が、病原菌やウイルス、あるいはDNAであったかのように。「叔父」というたった漢字二字のことばから、その慣習的な用法を離れてさまざまの意味を汲みつくせる適性がある読み手は読了後、きっと姪=叔父に感染(遺伝)していることに気づくはずです。

本作読了後、あなたの手はしっくりくるペンをさがしはじめましたか?
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