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ウィリアム・ギャディス/木原善彦訳「シチルク対タタマウント村他裁判 ヴァージニア州南地区合衆国地方裁判所一〇五‐八七号」

出典:『すばる』2014年2月号
評価:★★★☆☆

一般人にとって読みづらい二大文章は法律関係の文書と、(二流以下の)学者による学術論文です[要出典]。その文書の性質上、分かりやすさを犠牲にしてでも、論理関係の正確さや明晰さが優先されるからで(もちろんいずれも満たされればいうことないのですが)、こと判決文の場合なら、ことばが多義的にならないよう配慮するとか、条件文を使って誤解なきように記述するなど、独自の技術によって書かれています。読む側もその道の専門家独自の読み方を身につけているので問題なく読めるようになっている。レントゲン写真を前にして素人だとどれが単なる影でどれが腫瘍か判別できなくてもトレーニングを受けた医者なら一発で怪しい部分を見分けられる、というのに近いかもしれません。

小説のことばにとってそういったことばは通例、悪文として退けられるわけですが、本作「シチルク対タタマウント村他裁判 ヴァージニア州南地区合衆国地方裁判所一〇五‐八七号」はその、小説のことばの慣習を逆手に取った、法律文書(判決文)のパロディによって成った作品です。タイトルからして、分かりやすさよりも、どの訴訟を扱ったものかを明確にすることが優先されてますよね。この小説のタイトルをとってつけたような小説的にするのなら「サイクロン7」とか「サイクロン7訴訟」とかになるのかもしれませんが、そうしてしまえば面白さ9割引きです。よってタイトルは本文となる判決文もどきとセットでなくてはならない。

判決
クリース判事

 事実関係について争いはない。九月三十日朝、村内を駆け回っていたスポットなる犬がノーフォーク&ピー・ディー鉄道停車場に隣接する広場の中央に位置するサイクロン7(セブン)なる鋼鉄製巨大彫刻の下に入り込み、出られなくなった。(p.164、括弧内は原文ルビ)

犬を助けるために彫刻の一部を地元自治体の決定で取り壊そうとしたところ、メディアで騒ぎを知った彫刻作者の芸術家が差し止めを求めて訴えに出、その可否をめぐって原告被告の間でやり取りがあったその一連のいきさつを、判決文が語るというのがこの小説の全体像。

いかにもありそうな諍いを、小説のことばをいったん棚上げして法律のことばというフィルターを通すことによって現実がいかにも滑稽に見えてきます。主張を正当化するためにもってくる根拠もばかばかしければ、事件をかたる真面目くさったことばづかいもばかばかしい。たとえば彫刻にはまり込んで抜け出せなくなったスポットという犬について

また本件に関連して、サイクロン7は、地元共同体の多くの年少者らにとってはもともと装飾的「ジャングル・ジム」であったものの、サイクロン7を見たスポットがクライミング能力を試されていると感じたとは、スポット自身の証言がない限り、考えられない。(p.168)

と生真面目に書かれ、スポットがわざと彫刻に入り込んだことは当事者の証言がないので否定される(笑)

また、こういうメタフィクションらしさが前面にでた作風であるだけに、自己言及的な個所も笑えます。サイクロン7の芸術的価値について様々な批評家らのことばがその根拠になるかどうかについて

批評家らは、傾斜度、接平面度、加速度、強度、エネルギーなどの抽象的言辞を弄して原告の彫刻作品を推薦しているが、これらの抽象的言辞はそれに対応する言語と言語との自己言及的対立のみに寄与するものであり、結果として言語そのものを理論に還元することにより、言語を単なる玩具にしてしまうがゆえに、本法廷はこの証拠を取るに足りないものとみなす。(pp.169-70)

と、芸術批評のことばには死亡宣告が下されます。まあこのことばを判決文体で語っているこの作品じたいが小説として発表されているわけで、分かってやってる自爆になっちゃいましたが。

地元住民の証言もあります。

「ここは静かな町だったんだ。例の外国人がここにやって来て、あの(冒涜語)な(卑語)をおっ建てるまでは。あれ以来、(冒涜語)な屑連中が集まってくるし、よその州の車まで見かけるようになっちまった。」(p.170)

実にばかばかしい(笑)。

いかなる文体を採用すれば小説の領土は広がるか。これは永遠のテーマです。神話や民話を先祖にもち書簡や自伝、宮廷ゴシップのかたちで近代小説が生まれ、以降、文体・語りともにじつにさまざまな形式が試みられてきました。純文学畑でいえば丸谷才一の仕事を、それに限らなければSFの諸作品が思い当ります。法律文書をこうして生き生きと語る成功例がすでにあるのであれば、なにかまだ書かれずに残っている領域のことばもありそうな気がしますね。僕ごときではぱっと思いつけませんけど。
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