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木下古栗「天使たちの野合」

出典:『群像』2014年2月号
評価:★★★★☆

第150回芥川賞は小山田浩子に決まりましたね。ニコニコ動画での電話インタビュー、受け答えのひとつひとつに一生懸命丁寧に答えてらっしゃったのが好印象でした。赤ちゃんもすくすく育って欲しいですね!まかてもタオルコもおめでとう!

さて平常運転で本作の感想を。群像2月号は岸本佐知子からのお題「愛」に応えて作家たちが短編を発表する特集「変愛小説集」。有名作家から若手までとりどりの書き手が書いています。お題「愛」に忠実に男女愛を書いたものもありますが、本作「天使たちの野合」は読んでもわかりやすく「愛」というメッセージが読み取れるようにはなってませんでした。いつものように下ネタ満載(若干ライト目)なのでそれが「愛」ということだったでしょうか(笑)。

冒頭はこんな感じ。

 日中であること以外、何時頃なのか判然としない時の流れが滞ったような薄曇りの空の下、自動ドアから出てきた山中誠一はポケットから携帯を取り出して、その時刻表示を確かめた。(p.79)

初読では、普通の天気の描写、なんてことない作品の導入に見えたんですが、書き写しながら気づきました、あらためて読み直せばこの「時間のわからなさ」「薄曇り」という、「これ」とはっきり特定できない「無」みたいなものがこの作品のテイストを予告する下地としてちゃんと書かれてあったんですね。中盤のかなり長い会話のやり取りも、地の文を「無」しにして会話だけでつないでいく、その無重力感、「いつ・どこ・だれ」の発言かはっきり明示され「ない」ですし、終盤の頭爆発シーンでは「無」のエッセンスが凝縮され描写のなかにさまざま鏤められています(後述)。中盤の会話から幾つか引用します。

「ペルシャって今どこだっけ? トルコ?」
「いや、イランだろ、確か」
「そうだった? でもトルコも絨毯が有名じゃなかった?」
「トルコは風呂だろ」(p.81)

自由恋愛という建前のまかりとおる風俗ですね。一般の二十代前半以下にはもう死語じゃないだろうかトルコ風呂。

続いて、待ち合わせ場所になかなか来ない人物について、先に着いて待つ二人があれこれ推測する会話。

「それか仕事の電話でもしてるんじゃない? ほらあそこ、店内通話禁止って張り紙してあるから。急な見積もり対応でそのままその辺のコーヒーショップでひと仕事とか」
「ああ、それでついでに、そこらで女でも引っ掛けて身障者用トイレに連れ込んでオ○ンコしてるのかもな。米山って十代の最も道を外れてた頃はずっとそんな感じの放蕩ぶりだったって、前に人づてに聞いたことがあってさ」
「へえ」
「何だよ、じっと見て」
「いや、日常会話でオ○ンコなんて言う奴いるんだって、俺の中の常識が震撼してさ」(p.82、伏字はいずれも原文ママ)

こうしてときにお得意の下ネタを交えつつ話は終盤に。ここに来るまで待ち合わせている人物は来ず、ということは普通に考えれば終盤に待ち合わせの人物が来てひと騒動……と常識的には先を予想してしまうのですが、そこはこの書き手、読者をうまく裏切ります。

終盤急展開過ぎて、並みの書き手であればその前後で木に竹を接いだような一貫性の欠如、すなわち欠点として指摘されそうなところを木下古栗は難なくクリアします。その理由として一つは有無を言わせぬ圧倒的な描写、もう一つは作品冒頭から通奏低音として響いていた「無」の爆発。待ち合わせに来るべき人が来ないまま──考えてみればこれも「本来いるべき人物がいない」で「無」に繋がりますね──、待っていた高橋らの頭が爆発します。その描写を読んでみましょう。

 高橋の頭が、思い切り息を吹き込まれた飴細工の風船のように急激に膨らみ始めた。黄味を帯びた皮膚が、乳白色に剝かれた白眼が、断末魔の叫びのごとく大きく開かれた薄紅色の口とその奥でもつれた舌が、すべて半透明に薄まりながら伸びていき、みるまに世界一大きなカボチャを超えるほどに膨れ上がって、表面積が桁外れに広がって頭髪の一本一本もまばらになった頭頂部から破裂して、真空のような無音が弾けた。その無音の膨張と入れ代わりにどこかに一瞬で吸い込まれてしまったのか、内部は完全に空っぽで、一切の骨肉や脳髄の飛散も見られず、伸びきって大破した飴細工のような、あるいは特殊なガラス細工のような淡い色味の半透明の、高橋の頭の抜け殻が、頭頂部から凄まじく放射状に裂け、外側に反り返って大きな花弁さながらに垂れている。それらの花弁は冷えて固まった質感で、縁の部分は激しく千切られたように刺々しく、曲面は不均一に歪み波打ちながらも、ぎらついた艶かしい光沢を鈍く放っている。薄暗く黒ずみ始めた曇り空の不穏な色合いが、その半透明の花弁に映り込んでなお霞んで見える。
 分かるだろう? 食事の席で下品な単語を発するような奴の頭は爆発するもんさ。(p.89)

いやー、もう圧倒的です。淡かったり色が無かったりする「無」に関連する色味がこの短い一節の間に無理なく嵌め込まれ(「黄味を帯びた」「乳白色」「白眼」「薄紅色」「半透明」「淡い色味」「霞んで」)、あるいは「無」に関連する事物が比喩も交えて取り入れられ(「風船」=中身は空間、「カボチャ」=頭部のたとえですから当然ジャックオランタンに連想、「真空のような無音」、「無音の膨張」、「空っぽ」、「抜け殻」)て、大破した飴細工あるいはガラス細工の破片の光沢へとつながります。

頭部が無音の膨張、そして爆発というわけのわからない事態、無音の余韻のなか頭部から反り垂れる謎の花弁。それらを強引に納得させてしまう決め台詞、「分かるだろう? 食事の席で下品な単語を発するような奴の頭は爆発するもんさ。」には、それまでのストーリー展開から論理的に考えても、日常的思考を働かせてみても全く理解不能な事態に有無をいわさず「分かった気にさせてしまう」暴力的説得力があります。この一文を読んだ直後読み手はきっと、「分かんねーよ!」と反語的ツッコミを叫びながら、しかし一方では芯から同意していることでしょう。

この作家の力作「新しい極刑」が芥川賞の候補にすらのぼらなかったときに、翻訳小説として海外で読まれその外圧によって日本の読者に知らしめるしか方途がないと愚痴りましたけれど、この短編だって文章がべらぼうにうまくなったフィリップ・K・ディックが書いているような感じもありますよね。円城塔の「Self―Reference ENGINE」がフィリップ・K・ディック賞にノミネートされた現在、それなら木下古栗の作品だって候補、受賞作になったってぜんぜん違和感ないクオリティーがあると僕は断言します。SF系の出版社さんあるいはどこかの出版社さん、本当に、本当に、翻訳検討してみてください、マジで。
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