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中原文夫「安川さんの教室」

出典:『すばる』2014年2月号
評価:★★★☆☆

書き手のことを全く知らなかったので『すばる』同号の著者一覧をみてみると、1949年生とあります。おじいさ……と口をすべらすと人によっては怒られそうなので年配の方、といいかえておきますが文芸誌に掲載される作家でいえば年齢が上なのは確か。Wikipedia情報だと、文藝春秋に勤務していた経験もあり現在は早稲田の非常勤講師という経歴の書き手です。そして本作を読むと確かにこれくらいの年にならないと書けないような、おじいさ……年配の方の生活がかもすリアリティがあって、読み手も若い人よりは、書き手に年齢が近い人のほうがよりいっそう本作を楽しめるのではないかと思いました。のっけからドッキリさせられます。

 私が安川さんの異変に気づいたのは、昼過ぎに自宅のはす向かいにある彼女の家に行き、小さな門の前に立った時だった。記名欄に「中西」と自署した回覧板を小脇にはさんでインターホンを押したが応答はなく、その時、門扉の柵を通して仰向けに横たわる安川さんのスカートが見えたのだ。(p.154)

近所に住む安川さんという初老の女性が倒れていたのを、「私」が玄関先にて発見するシーンです。僕なんかはまだ自分事としては心配してないのだけれど、「私」や安川さんに年齢の近い方が読むと、いつ自分が安川さんと同じ目にあうかわからないスリルがあるんじゃないでしょうか。という僕も別住まいの祖父が倒れたときがこんな感じだったので当時のことが思い出されドキドキしました。

このあと安川さんは「私」と通りかかった稲葉さんという近所の人とに救急車を呼ばれて病院へ。冒頭のシーンから読者は、安川さんの昏倒の原因を脳卒中とか心筋梗塞とかと勘違いしたままでサスペンス状態におかれますが、検査の結果は睡眠薬の誤飲でした。安川さんに身内は息子が一人いるもののこれがどうしようもないドラ息子で、

頭を金髪に染めた一八〇センチを優に超える長身で、紫色をした花柄のシャツとデニムのズボンを着けている。高校中退後、工務店や不動産屋などの勤めを転々として来たが、二十代半ばの今は無職で親掛りの身。盛り場での暴力沙汰は珍しくないし、この町内でも何かと揉め事を起こして、そのたびに安川さんが謝りにまわる始末だった。(p.157)

という、おしゃれになった西村賢太みたいなやつです。

安川さんは、病院で処置を終えて帰宅した後も、日ごろ安川さんが講師となって近所の主婦連に政治経済を教えている「安川さんの教室」に無理をおして立とうとします。そこで「私」はこのドラ息子・恭太に、

「今日の授業はやめたほうがいいって、あなたからお母さんに言ってあげたらどうですか。集まってる人たちには私から話しておきますから」と言ったら、恭太は「ヘッヘッ、フヘヘッ」と奇妙な笑い声を漏らし(p.157)

と助言を聞き入れません。この笑い声は、ほんとうにこいつどうしようもない奴なんだなあと思わせる秀逸な笑い声ですね。ヘッヘッ、フヘヘッ(笑)。

で、恭太が近所の美容院「プリティフラワー」でいいふらした家庭内の事情が町内に広まっています。それによればに安川さんの父は荒物屋の商売が立ち行かず借金を残してトラブルに巻き込まれ殺害され、安川さんの母は安川さんが高2のときに兄妹をのこして出奔そのまま行方知れず、兄は安川さんが大学を出て教職に就いた年に駅のホームから転落して死亡、安川さんの前夫は愛人をつくって離婚と散々な人生ですが、

そうした境遇にありながら、安川さんは愚痴ひとつこぼさず、いつも笑顔を絶やさない。(p.159)

と、「私」は尊敬のまなざしで安川さんを見ています。と同時にこれほどの不幸な目にあいながらそれを気にする様子を見せない安川さんに対し、「鈍感なのかも」とか「頭の働きが少し弱い」だけかもしれないとも思いなし、その人間像は「私」のなかで謎を孕んだままです。そんななか、安川さんの教室に石黒さんというこれまた不幸に見舞われた人が乗り込んできて人目気にせずひとしきり自分の不幸自慢をしますが、安川さんはそれを無視して淡々と授業を続けます。で、後日、「私」と安川さんは会話を交わします。

「きのうもまた睡眠薬をたくさん飲むところだったんですよ」
「そりゃ大変だ。いつかみたいにサプリメントと間違えたんですか」
「ええまあ」
「でも今度はよく気づかれましたね」(p.163)

作品冒頭で安川さんが昏倒したのと同じことがまた起こったらしい。しかし「私」は、なぜこの安川さんという女性が同じ間違いを犯したのかに思いをいたすことなく、結果として何事もなかったことに胸をなでおろしているだけ。作品中盤で息子の恭太によって暴露される安川さんの過去を、もしも地の文で書き手とほとんどかさなる誰かわからない語り手が嬉々として綴って(語って)いたなら、僕は「そんな悪趣味な……」と作品外の判断基準を持ち込んでいるのを十分自覚しつつも読むのをやめてしまったはずです。しかしこれはあくまで作品内の「私」が他人の不幸ごとあるいはゴシップを喜んでいる傍観者的な態度だと受け取れば、安川さんが最後になぜ命にかかわるような過ちを繰り返してしまったのか納得いくはずですね。最後の最後まで安川さんの内面にふれることなくブラックボックスのまま綴ってきたことによって、語り手の、善意の隣人に居直ることの悪質さが浮き彫りになっています。全体に、NHKあたりのテレビドラマのようなレディメイド感はありますがこれはこれで面白くよめました。

(追記)文藝春秋出身で芥川賞候補になったというのはなんだか笑えますがその候補作は「不幸の探求」というタイトル。もともと人の不幸について関心のある書き手のようですね。「不幸の探求」は作品社の本に収められているようです。作品社HPのリンクはこちら。作品紹介文で、表題作ではなく「表題策」という表記になっています。
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