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エトガル・ケレット/母袋夏生訳「創作」

出典:『新潮』2014年3月号
評価:★★★☆☆

エトガル・ケレットは本作と併載されている訳者解説によれば、1967年テルアビブ生まれの超短編作家で、小説のほかに絵本、映像、コミック原作も手掛けている方だそうです。

大御所のアモス・オズやD・グロスマン、ホロコースト作家のアッペルフェルドは別格として、いまいちばん、世界で売れっ子のイスラエル作家である。(p.114)

とのこと。いろいろ例外を設けたうえで無理くり「いちばん」売れっ子の座に座らされた感のある紹介文(笑)。最近ユダヤ人作家や旧約聖書に関心を持ちはじめていたところだったので僕個人にとってタイムリーな作品ではありました。個人的な事情を抜きにしても本作の掲載はタイムリーというか、半ば宣伝を兼ねてというところもあるんでしょうけれど、エトガル・ケレットは東京国際文芸フェスティバル2014のゲストとしても出演予定の作家さんでもあります。リンクは以下。

【東京国際文芸フェスティバル】

2月28日からはじまるフェスには、エトガル・ケレットのほかにも、ジュノ・ディアスや西加奈子といった話題の作家も来る予定のようですね。詳細はサイトか直接事務局にお問い合わせを。

さて、本作はこんな風に

 マヤが書いた最初の物語は、人間が増殖を分裂でおこなう世界の話だった。そこでは、だれでも好きなときに分裂できて、元の年齢の半分になる。(p.108)

と不思議な世界の窓が開きます。といってもこの、人間が分裂増殖する世界の話がこれから語られる作品世界の中心になるのではなくって、ちゃんと「マヤが書いた最初の物語は」と導入部にあるように、この話は、「創作」という超短編のなかに挿入された作中作として紹介されているんですね。読者は作中作の嵌め込み窓から外に広がる非リアリズムの世界を覗き込むにとどめおかれます。

ちなみに何の説明もなく超短編、超短編いっていますがこれはエトガル・ケレットが使っていることばから忠実に訳したことばなんでしょうか、訳者解説にも

作品の短さに言及したインタビューでは、「超短編は詩に似た翻訳困難さを秘めている。ことば一つ、言いまわし一つがいろんな意味を持ったり、複雑に絡み合ったり、矛盾し合うこともある」と語っている。(p.114)

とあります。短編より短い作品は僕たちの手持ちのことばだと、掌編、あるいはショートショートといったりしていますがそれともまた違うニュアンスを出したいのかもしれません。ショートショートというと星新一のような、きれいな構造を持った物語が平易なことばで綴られてストンと落ちがつく小説を想定してしまいますが、超短編と自称する本作「創作」は、そういう一つの、いかにもまとまりのいい作品というよりは、分量的にはたしかに短いのだけれどそこから作品外にはみ出ようとする余韻のある作品となっています。この辺のところをさして「詩に似た」といっているのかもしれませんね。

短い分量ながら、作品の中には冒頭で紹介した作中作含めて、計四作の作中作がはめこまれています。二人の夫婦、マヤとアヴィアドがそれぞれ創作教室で書いた小説の断片が、二人の夫婦関係を暗示するつくりになっています。もっとも作中作の内容が二人の関係をそのままのかたちで反映しているかどうかは曖昧にされてはいますが。

妻のマヤは創作教室の上級クラスで作品を3つかき上げ、編集者にも紹介されるほどの評価を得ています(この編集者への紹介というのも、マヤの作品そのものの評価なのか、それとも講師の男性とマヤとの間になにか取引があってそうなったのかはぼかされています)。彼女の書いた作品は冒頭の人が分裂する話のほかに、愛している者の姿しか見えない世界の話、猫を産み落とした妊婦の話、など。読みもののアイディアとして成立してそうですが、どことなくマヤの身辺雑記を単に物語に変換したようで、安直さがあるなあと僕は思いました。だからこそ、編集者への紹介も、作品内容以外の事情があったのではと勘繰ってしまったわけです。

作品の出来でいえばむしろ、それまで小説じみたものなど書いたことなかった夫のアヴィアドが自動筆記で書いた、魔女によって人間にかえられた魚がビジネスで成功する話、のほうがよほど魅力的に思えました。

そして、ずいぶん年老いたある日、不動産ビジネスで上手に手に入れた、海沿いに建つ巨大なビル群の窓の一つから海をちらと見た。海を見て、不意に、自分が魚だったことを思い出した。世界の株式市場を動かす子会社をいくつも持つ資産家、だが、未だなお魚だった。塩辛い海の味を、何年も味わっていない魚。(p.110)

ビジネスで成功している魚、異界からやってきた存在(たいてい水の関係ある世界です)が現世で巨万の富を築きまた元の世界へと帰っていく、民話的な根っこを持っている話であると同時に、たとえば現代の作品でもラファティの「浜辺にて」なんかに通じる現代性を併せ持つ作品だと思えました。

分量的にはすぐ読めちゃいますが、読後、どうやっても全体像が完成しないパズルをああでもないこうでもないと組み合わせようと試行錯誤する楽しみを余韻としてのこしてくれる、膨らみのある超短編作品でした。

(追記)英語圏でいうFlash Fictionに相当する用語として、ここでは超短編ということばが使われているんですね。「創作」の原文はヘブライ語だそうなので、ヘブライ語ではまた別な言い方がなされているのかもしれません。僕らのサブカル大辞典ことウィキペディアにも【Flash Fiction】の項目立てはありますが用語としては掌編小説はじめ他の様々な呼び名とも重複していてどれくらい定着しているのかよく分かりません。見開きページに収まるお話がFlash Fictionに相当するようで、これは商業媒体や企業パンフレット、広告なんかにうってつけの形式に思えます。お金の集まる場所で隆盛する小説形式だ、と言い切ってしまうと極端でしょうか。

(追記)ケレットがワルシャワにオープンした細長い家を取材した動画があったのでご紹介。ご本人も登場して自分のルーツにも少し触れています。旧ユダヤ人ゲットーのあった場所にオープンしたことからもわかるようにユダヤ性を意識している作家なのですね。【世界で最も細い家? ワルシャワに登場】(注意:音が出ます!)

(追記)ケレット原作のショートフィルム。公開は2013年サンダンスフィルムフェスティバルの場で。シャレオツ!…な雰囲気はあるけれどコマーシャルフィルムかポップミュージックのPVじみていて映像作品としてはとりたてて何も感じませんでした(笑)。【WHAT DO WE HAVE IN OUR POCKETS?】(注意:音が出ます!)
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