スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

谷崎由依「jiufenの村は九つぶん」

出典:『すばる』2012年10月号
評価:★★★★☆

谷崎由依のデビュー作『舞い落ちる村』に似ていなくもない、この本を手にして読んでいる読者にとって、時間と場所があいまいになるところの小説です。変ったタイトルですが、jiufenときくと千と千尋の舞台になった台湾の街を連想します。読んでいくともっと南の南洋諸島のことがお話になっているような、あるいはjiufenのずっと昔の話になっているような、やはり曖昧な感じがただよいます。読んでいるときの私のイメージは、ゴーギャンのタヒチものでした。ただ、時間場所を正確にどこそこ!と確定できないことがこの小説のポイントで、だからこそこの小説に出てくる人たちも今現在の私たちとは異なる風習、思考、行動をしてそのたびになにかおかしみがあります。

小説の仕掛けとしては上のような曖昧化にくわえて、音としての文字にもフォーカスしているところが読んでいて面白い。例えば、

土地には雨が降っていた。瀝青を塗った黒い屋根に、shitoshitoshitoとbarabarabaraと、音をたてて落ちてくる。屋根のしたでは飯を食っている。しとしとと、しょうしょうと、しょうぜんと静かに箸を動かし。(p.124)

櫃から冷えた飯を盛り、鍋から煮すぎた汁を掬う(p.124)

冥界からの魔物を祓うため、BunKABunKAと騒々しく打楽器管楽器を鳴らし(p.127)

上の引用以外にも名詞がアルファベットで書かれることもあり、日本語(漢字、カタカナ、ひらがな)でさらっといつもなら流しちゃうところに引っ掛かりをつくるのは新鮮でした。引用箇所でいえば、shitothitoshitoとかbarabarabaraというアルファベットのならびが、雨のオノマトペであると同時に、落ちてくる雨粒のようにも見えてきます。また、「屋根のしたでは飯を食っている。しとしとと、しょうしょうと、しょうぜんと静かに箸を動かし」の二文は、s音を巧くつかって、その直前のshitoshitoshitoの残響を引き受けていますね。

屋根のした(Shita)では飯(meShi)を食っている。しとしとと(ShitoShito)、しょうしょうと(SyouSyou)、しょうぜんと(Syouzen)静かに(Shizuka)箸を(haShi)動かし(ugokaShi)。

書かれてある内容だけでなく、音に注目させる小説って最近のものだとあまり見ないので久々感、新鮮感がありました。これだけやるなんて嫌味だろ、という人はナボコフ読んでみるといいよ。

次の引用部でも韻を踏んでいますね。櫃(Hitsu)から冷えた(Hieta)飯を(Meshi)盛り(Mori)、鍋から(Nabe)煮すぎた(Nisugita)汁を(Shiru)掬う(Sukuu)。音数も、七五調に近いので読んでいて不思議と心地よいリズムがあります。

最後の引用はなるほどなあと思ったんですが、リズムの拍(強弱)をとるときに、アルファベットにすれば大文字小文字の区別があるので、その違いを利用して、リズムの強いところ弱いところを分かち書きできるというところ。良書を翻訳をされている谷崎由依ならではの仕掛けでしょうか。あんまり見たことない表記の仕方ながら説得力があっておもわず呻りました。昔からある書き方だったらすみません(笑)

さて、こう書いてくると内容だけじゃなく音にも引っ掛かりをのこして、言語の振る舞いそれ自体を重視した詩的な作品にようにもとられかねませんがそんなことはなく、沢山の人物が生き生きと行動します。とくに、日本語話者(そして恐らく他のほとんどの言語の話者)なら当然起こっている事態を名指すことのできる言葉をもっているために、その言葉を使ってさっさと片づけてしまうような出来事も、この世界の人々は適切な言葉を持たないがゆえにいろいろ苦悩します。そのもどかしさがすごくコミカル。例えば、不倫とか間男という言葉をもたないために、今起こっている状況(ある男が仕事にでたものの都合悪く予定より早く家に帰ってきたら、その間に間男が自分の家に出入りしている場面に遭遇した男の話)をうまく理解できず苦悩するところなんかはこの作品中屈指の名場面です。

 先ほどああして振る舞っていたのは、あの女の亭主のように見えた。だがあの女の亭主というものは、この自分以外にない。ということは、とかれは考えた。──あの男はこのおれ自身なんだろうか。しかし、だが、そうなると、ここにこうして居てものを思っている、おれという存在はなんなのか?
 頭が痛くなってきたので、筵へ仰向きになった。(p.132)

ただあちらの自分のほうが、幾らか床上手らしかった(p.137)

こんな風にちゃんと物語や人物もあり、また書記方法に対する批評的なしかけもあり、ずいぶん楽しめる一作でした。お腹いっぱい。2012年10月号の『すばる』は分厚い特大号ですし、買っても損はしないはず!
スポンサーサイト

コメント

Secret

プロフィール

読む人

Author:読む人
小説の感想を、自分基準で。コメントはご自由にどうぞ。

★☆☆☆☆(面白くない)
~★★★★★(面白い)で評価。

最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。