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木村紅美「八月は緑の国」

出典:『文學界』2011年12月号
評価:★★☆☆☆

依子30歳生活水準を切り詰めながら派遣社員として働く、趣味は妄想。渚、大学生、バイトにいそしみボンボンの彼氏とつきあう。二人はいとこ。渚が実家に帰省すると家族も実家も忽然と消え去っていた、頼れるのは依子だけ、二人は渚の家族の行方を追う、というストーリー。NHK特集で無縁社会が大きな話題として取り上げられたのが2010年、格差社会の人間関係版としてとらえ直すなら、依子も渚も持たざる層に位置します。地元で暮らしているはずの家族が忽然と失踪してしまうという状況が、絶対にないとはいえない特異な状況だけに、このめったにない状況を徹底的にリアリズムで突き詰めれば、大きな社会状況とも対応しながら面白そうな話に進んだんだろうけれど、ディティールのこじつけ臭さが作為的すぎるのと、結末のつけ方が唐突過ぎるのとで、なんだかもったいない作品となりました。

こじつけ臭さということでいえば、なぜ渚は警察に捜索願を出さないのか。いちおう

自分でも信じきれてないくらいなんだから、お巡りさんに説明しろって言われても、信じさせられる自信がないよ。証拠が何もないんだし(p.119)

と、渚の台詞で理由づけされているけれどもこれはいかにも弱すぎないでしょうか。納得できないといった口で、なぜ依子に頼るのでしょうか?。市役所や郵便局の転居届はどうなっているか、登記簿確認するとか、あったはずの家を解体した業者をあたるとかいくらでもできることはあったはず。高校や中学のアルバム見ても何も出てくるわけがないです。依子と渚の二人だけの状況をつくる結論ありきの展開のため、かなりこじつけ臭さ、無理矢理感がでているのだろうと思わざるをえません。

ラストの急展開も説得力がありません。渚の件は「絶対ないとはいえない」くらいの状況だったのにたいし、ラストの依子の身におこったことはおよそ考えられないこと。もちろん、小説はリアリズムだけを扱うわけではないので、非リアリズムや幻想小説でも、言語的なアクロバシーを探求するものでもかまわないといえばかまわないのだけれど、こう急展開してしまっては作品内でのロジックを無視して読者を置き去りにするだけじゃないでしょうか。無縁社会を描くといったような社会的テーマとか、自分が何者であるかは自分を知っている者との関係でしか証明されないといった哲学的テーマにもっていくのなら、例えば時間を一気に数年だか数十年だか進めて依子がとうとうホームレスになってしまったような状況を描けばいちおうリアリズムの側にとどまれたし、それなりに説得力もあったろうにと思います。
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