スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

羽田圭介「ミート・ザ・ビート」

出典:『文學界』2009年12月号
評価:★★☆☆☆
honda_beat02.png


クラシックな小説ではあるけれど現代性はどこにあるか。車と登場人物とが一対となり(車の所有を仄めかされない人物はすぐに舞台裏へと退くか、未成年)、その所有者の性能、装備、車種からタイヤのすり減り具合までが所有者の性格を物語ります。車を所有することは、自分の力で人生を歩き出すことと符合する、つまり一人前へのステップとなっています。だからこそ予備校生の「彼」が車の所有を実家の母親に告げたとき、母親は思いとどまるよう諭しますし、と同時に「彼」は実家での自分の居場所はもはや過去のものになっているのだとも悟ります。大人への第一歩を踏み出す「彼」が所有するのは、予備校生という中途半端な身分に符合するかのように、バイト仲間の乗り古したおさがり中古車です。

こういうお話は、非常にクラシック、悪くいえば古臭い。その古臭い題材をあえて今取り上げる中で、今までにない新しさというのはどこにあるか。僕にはそこが見えて来ませんでした。若い書き手なので、一度こういう保守的な作風を通過しておくこと自体に意味があるのかもしれないのでこの一作だけで判断するのはどうかと思うけれども、やっぱこの作品に目新しさは何ひとつ感じなかったです。車と人物との関係にとどまらず、ほかにも、地方都市が舞台とか、若者の自立とかも散々扱われてきたテーマです。

描写の力自体は悪くないと思いました。何度も言及されるタイヤと地面との摩擦音は生真面目な書き方です。

 田んぼ道から県道に出た彼は、タイヤが溶けだしているのではないかと疑った。初夏を迎え日光の照りつけが強さを増したこともあり、真新しいアスファルトが柔らかくなってタイヤに吸いつく。(p.176)

車重を支えたタイヤが砂利を踏みながら進み、押しつぶされた砂利同士が擦れあい鈍い音が鳴る。やがて後輪まで車道に出るとその音は止み、真新しいアスファルトとタイヤのたてる静かな摩擦音が時速数十キロの速さでどんどん彼から離れていった。(p.179)

 国道から伸びている一本道を、間違いなく一台の車がこのアパートに向かい走っている。その音も、国道から絶えず聴こえてくる車の騒音だと思った。といっても意識すれば聴き取れる程度の音量でしかない。いつもは聴き流せている音に注意がいっている時点で、彼は自分が過敏になっているのだと悟った。音が近づいてくるにつれタイヤと路面の摩擦音がどんどん小さくなり、原則しているのがわかり落ち着かない。(p.181)

 国道から伸びている一本道を、間違いなく一台の車がこのアパートに向かい走っている。その音も、国道から絶えず聴こえてくる車の騒音だと思った。といっても意識すれば聴き取れる程度の音量でしかない。いつもは聴き流せている音に注意がいっている時点で、彼は自分が過敏になっているのだと悟った。音が近づいてくるにつれタイヤと路面の摩擦音がどんどん小さくなり、原則しているのがわかり落ち着かない。(p.181)

他多数。反復されるだけあってここになにかメタフォリカルな意味を込めているのかもしれない(社会との摩擦、現実の生きにくさ、危うさ)とも勘ぐってみたけれどあまりそのようにも読めなません。単なる描写なのかなあ。『文學界』という雑誌のイメージにははまっている作風なんだけれど、車に特別思い入れもない僕がこの作品を読んでもなにかおもしろそうな意味を読みとることはできませんでした。車に詳しい方が読めば、もっとずっと楽しめるのかもしれませんね。
スポンサーサイト

コメント

Secret

プロフィール

読む人

Author:読む人
小説の感想を、自分基準で。コメントはご自由にどうぞ。

★☆☆☆☆(面白くない)
~★★★★★(面白い)で評価。

最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。