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村田沙耶香「街を食べる」

出典:『新潮』2009年8月号
評価:★★★★☆

Erigeron philadelphicus


地球とセックスする話によって(僕の中で)有名になった村田沙耶香。この短編「街を食べる」はwikiでは単行本未収録作品だそうですが、ぜひ読んでいただきたい一篇です。これぞ小説という展開をみせるのが96ページ目からラストまで。この部分を読めただけでも今日一日気分がいいなあ。

さてこの話は、都会でOLをしている女性が幼い頃田舎で食べた野菜や野鳥の味を思い出し、都会でも食べられる野菜はないか探すところから物語が動きはじめます。凡庸な書き手がやってしまうのは、田舎幻想をロマンティックに展開して「自然っていいよね、田舎っていいよね」という都会目線での田舎礼賛。そういうありきたりな田舎自慢をする役は、語り手の友人である雪ちゃんに割り振られています。語り手の「私」は街に出て、野草を摘んで料理して食べることに憑りつかれる。

摘草懐石といえば観光地では2万も3万もする贅沢品になっちゃいましたが、「私」のように街に繰り出しその気になれば食べられる草というのはそこここに生えているもので、

空腹を抱えて視線を這わせると、世界は記号の鎧を取り去って本来の姿を現した。私の水色のスニーカーは、記号的意味を越え、歩道をまたぎ、どこまでも踏み込んでいくことができた。(p.95)

という風に歩く姿もワイルドになっていきます。街を描写するときにはどうしても人工物を目印に記号化してとらえがちだけれどもその記号をいったん剥ぎ取ってみれば野生が溢れ出す、生命が溢れ出す。剥ぎ取るべき記号の側にしがみつく人は、野草を食べるような行為を、雪ちゃんのように「貧しい」とか「いけないこと」というこれまた記号的な意味づけをしてしまっている。そういう慣習から逃れてみればそこには新しい世界が広がっていることを確かに伝えてくれる小説でした。

 この草をあく抜きをしないで味わうのは初めてだった。口に入れた瞬間、独特の匂いと酸味が溢れてくる。セロリを思わせるような強い味わいにすがるように、私はさらに口の中に葉を押し込んだ。スーパーの売り場に冷たく横たわっている。野菜の死体にはない、生きた味わいに内臓が揺さぶられる。私はこの街の破片に嚙みつき、唾液で溶かし、飲み込み、胃の中へ落しながら、ひたすら灰色の歩道を歩み続けた。(p.98)

もうこのへんになると、その後かかれる地球とセックスする話につながりますね。

人間とそれ以外という垣根を取り払って一緒になったときに感得される一種独特の感慨を、最後にさらに一ひねりくわえてきちんと読める作品として、自然礼賛とかエコ原理主義みたいな押しつけがましい形などとらずそれらのファッション的擬態よりも、だんぜん深いところから伝えてくれる書き手だと思わされました。面白かった。
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