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馳平啓樹「クチナシ」

出典:『文學界』2012年11月号
評価:★★★☆☆

働く人を描いていきたい、といっていた馳平啓樹。この作品でも働く人が主人公です。もっとも職場の正式な業務が何なのかははっきりしませんが(主人公の部下が、マーマレード瓶に張り付ける売り文句を考えていることは分かる)、むしろなんだかうんざりする職場で働いてそれで家に帰って子作りをしなければならない、その家庭生活の方に主軸が置かれている感じ。

夜中に笑い声をひびかせる隣人、疲れて帰ってきても問答無用で子作りを迫ってくる妻、そしてぱっとしない職場。とってつけたような救い(職場の美人な新人と不倫する)とか、とってつけたような諸悪の根源(主人公を不機嫌にさせるようなトラウマ)とか、とってつけたような一人合点(主人公がいきなり悟る系)みたいなものは描かない節度が保たれていて、それだけにかえってこういう人こそ、声をあげないけれどたくさんたくさんいるんだろうな、と想像します。疲れた若い勤め人が読んだら、すごく共感するところあるのかもしれません。

デビュー時から描写の手堅さは際立っていた印象で、この作品でもそこはしっかりしています。形のないものを実体化したり、動作主にしたり、そういう書き方をさりげなくやってのけるクラシックな書き手です。たとえば、

距離がまだ遠く、姿を確かめられない。気配の糸を手放さなかった。むしろ強く握り締めて歩いた。夜空は雲に覆われて月も星も隠れている。他に行くところのない厚い湿り気が地上で冷やされる。冷やされた挙げ句、無造作な勢いで肌に張り付く。クチナシの匂いが横溢する。匂いを詰め込まれて鼻が億劫になる。ふてぶてしい。見た目に取り柄がないならば、その名前にも何の愛嬌も有りはしない。どうして匂いばかりが一人前でいられるのか理解に苦しむ。(p.193)

気配、で止まるんじゃくて、気配「の糸」とすることによって、気配が実体化して、主人公が「手放さなかった」り、「強く握りしめて歩いた」りできるようになります。湿り気は「行くところがない」と形容されることで、湿り気が動作主化されて、主人公の肌に張り付くときは「無造作」になります。この辺さりげないですが、全編通して、こういう何気ないテクニックがしっかりしているので安心して読めました。こういうきちんとした書き手は好感がもてますね。頑張ってほしい。
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