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丸岡大介「カメレオン狂のための戦争学習帳」

出典:『群像』2009年6月号
評価:★★★★★

一人でも多くの人に読んでほしい、この一言に尽きます。群像新人賞受賞作で、この時の選考委員はみなこの作品を押していますがなかでも松浦寿輝は「文運隆盛」としてこの作品の受賞を寿いでいます。寿輝だけに。いやそんなことがいいたいのではなくて、松浦寿輝選評のなかにこんな言葉があります。

ゴーゴリとカフカを潜り抜けた後藤明生がピンチョン的手法で「戦争」の学習を行っているかのようだ。(p.135)

とあり、たしかにそういわれるとそうだなあと思えるほど文学的滋養を十分に吸って花咲いた作品です。ある地方都市の教員寮を舞台にして、寮の動静を密かに探る教員田中は、学校と寮生活で多数の視線にさらされ神経をくるわせながら、その様を喜劇的にレポートしつつ、記述はただ言葉の表層を滑って、実体定かならぬ「敵」の姿をパラノイアックに妄想していく。ここにはゴーゴリ、カフカ、後藤明生、ピンチョンが息づいています。

それだけではなく、この作品に絶大な影響を与えていると思われる作家として、野坂昭如を忘れてはなりません。その影響はまずもってこの作品の流れるようなリズムをつくり出す怒涛の饒舌体に見て取れますし、作中でもサングラスをかけた田中が野坂昭如をリスペクトし(笑)、『マリリン・モンロー・ノー・リターン』を五連唱するという直接的な記述もあれば、レズビアンが爪を短く切りそろえているとまことしやかに語られるところや、いまだかつてないオナニーマシーンの開発秘話などは野坂のデビュー作『エロ事師たち』に該当箇所があったはず。さらにタイトル『カメレオン狂のための戦争学習帳』の「カメレオン狂のための」という部分は、野坂によるカポーティの訳書『カメレオンのための音楽』にむけたリスペクトともとれます。

こう書いていくと文学的な裏付けが読みとれる人じゃないと楽しめないような、ともするといたずらに「高踏な」「難解ぶった」作品ともとられかねません(だいたい一般の読者にとってゴーゴリ、カフカ、後藤明生、ピンチョン、野坂昭如らは馴染み薄いはず)。が、決してそんなことはありません。選考委員の絲山秋子をして設定勝ちといわしめた教員寮というのは、学校の先生たちの生態であるし、また学校の先生視点からの学園生活ものとしての側面も多分に持ち合わせているので多くの人にとってなじみある素材を扱っています。

文体の変奏も多彩で、野坂譲りの饒舌体、主婦による投書文体、演説調、ピンチョンを思わせることば遊び&妄想の連打、報告文風、などめくるめく転調が楽しめます。この辺も音楽的。そういえばタイトルの「~のための」というのも楽曲によくあるタイトルのつけ方ですね(e.g. 2台のピアノのためのソナタ、18人の音楽家のための音楽)。文体をさまざま使い分けるだけではなく、地口、比喩、パスティシュはじめあらゆるレトリカルな仕掛けもそこここにあります。使い方もレトリックのためのレトリックになっておらず、ちゃんと作品のテーマや場面と絡み合った必然性があるもの。

 まずは音、続いて光、いくつもの。十代少年集団の運転による違法改造オートバイの十台ほど、彼ら流の《誰にも縛られたくない》という例の主張どおり交通法規にも縛られることなくあきらかに制限スピードを越して国道を疾走しながら騒音と排気ガスをまきちらす。それが部屋の中にいても聞こえる。(p.6)

上は、冒頭の一段落です。ここを読んだだけでこの書き手のセンスがよく解る。のっけの「まずは音」はどことなく石川淳『至福千年』の出だし、「まず水」を想起させますし、そこから途切れず「続いて光、いくつもの。」と続けることで、五七五の音で作品世界へ導入しています。ヘタな書き手が韻文を意識するとダサいだけですがこの導入はすばらしいですね。音への注目は次の文の暴走族の爆音へと繋がりますが、そのなかでも「十代」「十台」と同音を並べています。さらにはこの一文が、規則(とそこからの逸脱)をめぐるこの作品全体を予告する象徴的な文ともなっている。そしてさりげなく視点を、というよりこの場合「聴点」とでもいえばいいのかもしれませんが、それを部屋の中にスムーズに移動させる。

冒頭だけ気合入っていてあとは失速するというのは新人賞受賞作(とか優秀作)にたまに見られるタイプですが、この作品は最後までこのテンションをたもって疾走します。どこも読み応えがありますが、特にラスト付近のシーン、コーヒーカップが宙を舞い静止する場面では、そこにたどり着くまでさまざまに仕掛けてきた伏線を鮮やかに回収し、さらにはこの作品が栄養としてきた従来のあまたの文学作品をあざ笑うがごとく、コーヒーカップの絵から物語が噴出します。これには度肝を抜かれました。現代文学史(というものがあれば)に登録したい圧倒的な描写でした。

そしてなによりこの作品が強い力を持っているのは、古今東西、マクロミクロレベル、あらゆる場面で人類と切り離せない「戦争」という大テーマを、これでもかというくらい執拗に描いている普遍性があるから。この通奏低音としての「戦争」があらゆる場所、あらゆる言葉の裏から噴出して倍音、いやこの作品でいうなら爆音を響かせています。歴史として習う戦争、隣とのいさかい、同室で寝起きする者との殴り合い、敵対する組織との暗闘、職場内の権力闘争、イデオロギー同士のぶつかり合い、などなど「戦争」というものと現代とは決して無縁ではありません。だからこそこの作品はいつまでたっても読まれうる傑作たりえています。

この作品の前々回では諏訪哲史『アサッテの人』が群像新人賞を受賞し、そのまま芥川賞を取りました。この作品の強度は『アサッテの人』に勝るとも劣りません。だのになんでノミネートされなかったのか非常に不思議でたまりません。ラストの辺りでは、「キチガイ」という記述がいくつかみられる(単行本化にあたって修正済です(笑))ので、もしかするとこの言葉が芥川賞のコードに引っかかってしまったのかなあと邪推しないでもないですが。

書き手の丸岡大介はこの作品を書いた後、紀行文と雑文、短編をそれぞれ一つづつ書いて以降沈黙しています。このデビュー作を超えるのは並大抵ではないでしょうがこの書き手ならいつかは書いてくれるに違いない、それほど力のある書き手です。僕はいつまででもこの人の作品を待っています。未読の方は、芥川賞受賞作なんかよりも、是非この『カメレオン狂のための戦争学習帳』を読んでみてください。
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