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青山七恵「すみれ」

出典:『文學界』2012年1月号
評価:★★★★☆

困った人、というのがいます。こういったはしから存在しはじめてしまうようにおもえる、困った人。自分一人では生きていけず、誰かに頼らなくてはとてもやっていけないような人、といって助けを自分から求めてくるのでもなく、本人のほうではなにか自分なりの考えや美学があるようで、しかし放っておいたらきっと死んでしまうような人。周りの人からの援助を結果的に引き出しては生きながらえる人。

この作品で扱われているレミちゃんという女性がまさにこのタイプで、37歳、若いころは小説家を目指していたものの夢破れ、家族とケンカ別れをし、恋人とのなかをこじらせて自殺未遂、あげく友人の家に転がり込んでしまう女性。レミちゃんほどではないにしても、自分の努力や能力がたりないからといった理由だけでなく、生まれついた環境やぐうぜんの巡り合わせによる不幸、個人ではコントロールできない要因に翻弄されて人生の階段から足を滑らせてしまう人というのは結構いるはず。しかしそうだとしても大半の人は、「運が悪かったんだよね」「しょうがないよね」「新しい生甲斐をみつけたんだ」と自分自身を納得させながら、現実と折り合いをつけて生きているはずです。

しかしレミちゃんのような人は、自分を納得させる言葉にうそくささを本人の思いこみや認知の歪みも込みで感じ取ってしまうわけで、結局自分のあるべき姿にこだわり続けて、人生をこじらせてしまう。もちろん最終的にどこかでレミちゃんが小説家になって自活していき、作品で多くの読者を獲得できるのなら、レミちゃんの考え方は「事後的に」正かったといえるのかもしれませんが、しかしそうなる可能性は限りなく低そうです。結局、ぐずぐずとあるべき姿から現状の自分を否定しつづけ前に進めないまま袋小路をさまよい続ける。こうなると他人の言葉もまっすぐには届かないだろうから、まさに「困った人」というわけです。現代社会というのは、レミちゃんのような中途半端な才能がある(とおもいこんでいる)人にとっては、降りられない社会、煽り続ける社会としてたちあらわれてくるわけで、かなり厳しい状況だろうなと想像できます。レミちゃんという人物を造形しえたこの作品は、読後も宿題を残してくれます。

また、この小説の技術的な面からいえば、レミちゃんそのものをダイレクトに描いてしまうと、目も当てられないような悲惨な人になってしまう可能性がありましたが、このレミちゃんを15歳といういまだ自分の定見が固まっていない少女の目を通して語ることで、レミちゃん像にワンクッションおかれて、レミちゃんの悲惨さ、どうしようもなさがやわらげられています。と同時に、レミちゃんとの適切な距離がつねにとられ、そこのレミちゃん的人物にたいする批評も生まれ、結果として読者にレミちゃんのような困った人について考えさせる余裕を与えてくれています。うまいなと思いました。

下はレミちゃんの語る言葉ですが、小説をよく読む人は結構共感できる部分も含まれているんじゃないでしょうか。

「でもね、藍子、いちばん単純で下品な言葉が、いちばん上品な言葉になることだって、場合によったらあるんだよ。でもみんな、間違って下品になることが怖いし、絶対に、下品にはなりたくないの。だから、本当ならひと言で済むことを何枚も何枚もどうでもいい言葉で包んで、中身を見えなくして、それらしく体裁を整えてから、どうぞ、これがわたしの考えですって相手に投げつけるの。それで、その飾り言葉のせいでずっしり重くなっちゃった包みを受け取った人が、苦労していらない言葉を一枚一枚はがしていって、最後にようやく大事なひと言に辿りついたときには、その言葉を投げつけた本人はもうその場にいないの。誰ももう、そこにはいたくないんだよ」(p.51)

レミちゃんのようになまじっか感受性の鋭い、と同時に思い込みの激しい人、そしてそういう風に周りの人間達もレミちゃんをみてしまっていることが、どんづまり感をだしている重い小説でした。
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