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川上未映子「すべて真夜中の恋人たち」

出典:川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』(講談社・2011年)
評価:★★★☆☆

『ヘヴン』が川上未映子の師匠・永井均のニーチェ理解を小説で実践したような、硬質の哲学小説だったのにたいして、『すべて真夜中の恋人たち』はずっと柔らかくなった印象。といっても作品の背後に、持てる者と持てない者にたいする視線があって、そういう社会経済的なところから読むこともできるのだけれど、ここに描かれてあるのはけっこう戯画化されている典型的なタイプの人々です。通俗といいかえてもいい。これを書くことで、川上未映子の表現の幅がひろがって新たな読者層を獲得できたとみるか、『ヘヴン』に魅了された読者を失ったとみるか。僕は後者じゃないかなあと思います。

全体を貫く「光」の使い方が非常に良かったです。川上未映子の言葉づかい、抽象的な名詞を具体的な文脈で展開する方法にとてもマッチしていて、光というとらえどころのないものを、とらえどころのないままに、小説のなかでとらえてみせたのは、読んでいて心地よかったです。レストランデートとその後に続くシーンなんかは何度も読みかえしたいくらいです。

 真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う。
 それは、きっと真夜中には世界が半分になるからですよと、いつか三束さんが言ったことを、わたしはこの真夜中を歩きながら思いだしている。光をかぞえる。夜のなかの、光をかぞえる。雨が降っているわけでもないのに濡れたようにふるえる信号機の赤。つらなる街灯。走り去ってゆく車のランプ。窓のあかり。帰ってきた人、あるいはこれからどこかへゆく人の手のなかの携帯電話。真夜中は、なぜこんなにきれいなんですか。真夜中はどうしてこんなに輝いているんですか。どうして真夜中には、光しかないのですか。
 昼間のおおきな光が去って、残された半分がありったけのちからで光ってみせるから、真夜中の光はとくべつなんですよ。
 そうですね、三束さん。なんでもないのに、涙がでるほど、きれいです。(p.3)

導入からして、「光」満載ですね。やり過ぎ感ありありで、これくらいわかりやすく書かないと読者は読みとれないと思ってるのだとしたら、低く見積もられたもんです。まあこれも新たな読者層を獲得しようとした結果なのかなあ。

『ヘヴン』のような、読後にも圧倒されっぱなしになる重量級のパンチを期待して読みはじめただけに、少し肩すかしを食らってしまいました。悪い小説ではない、むしろ分かりやすく読みどころは読ませるできた小説だと思いますが、僕の、読む前の期待とあまりにもかけ離れてしまったので、ちょっとがっかりしたのも正直なところです。

あと、三束さんのオチはよめてしまいました。
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