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黒川創「暗殺者たち」

出典:『新潮』2013年2月号
評価:★★★★☆

この作品を掲載している『新潮』2013年2月号表紙には、「幻の夏目漱石原稿を作中公開!」と興奮気味に読者をあおる売り文句がついています。2012年12月号で安部公房の未発表小説を発掘した『新潮』を無意識に前提してしまったので、この文句からも僕は勝手に「未発表小説」が見つかったものと決めつけてしまいました。これが早とちりなのは、読んでみればすぐ分かります。ここでいう「幻の夏目漱石原稿」とは、「満州日日新聞」に漱石が寄稿した、「韓満所感(上)」「同(下)」というエッセイのこと。この記事は話のマクラとしてふれられており、1910年前後の主に東アジアにおける暗殺者たち(安重根、管野須賀子、幸徳秋水など)の人となりを描くうえでの素材としての扱いです。「幻の」という形容がついているのは、漱石全集に未収録の原稿だからみたい。

もっとも、漱石の小説でなかったとはいえ、この「暗殺者たち」そのものは面白く読めました。テロリストたちの人となりを描くうえで、歴史的資料や研究に目を通し十分に裏づけをして、さらにはアカデミックな歴史研究からは排除されるようなところまで踏み込んで、資料を裏読みするかのような解釈も説得的に展開していて非常に読み応えがありました。また、体裁のうえでは、「ロシアの日本語を学ぶ学生にむけた講演」という形式をとっているので、1910年前後の予備知識がそれほどない人(高校生レベルの世界史・日本史の知識ぐらいがあればOK)にとっても、十分わかりやすい話し言葉になっているため、読む方にとってみれば非常にリーダブルです。この辺もアカデミックな仕事ではできない話法。

漱石の記事以外で興味を引いたところを列挙していけば、ドストエフスキー作「僧侶と悪魔」パスティシュ問題、管野須賀子と荒畑寒村との距離、堺利彦と幸徳秋水の文体の違い、流亡ロシア人と大山巌とのやり取り、西園寺公望と管野須賀子との会見。アカデミックな歴史研究からすると勇み足ととられかねないところもあるかもしれませんが、いずれの踏みこみも説得力のあるものでしたし、かつ面白く読めました。

作中では、多くの社会主義者にもフォーカスされていることから、2010年5月号『新潮』の中森明夫「アナーキー・イン・ザ・JP」と比較してしまいました。いずれの作品も読者に分かりやすくかかれてはいるものの、「暗殺者たち」がしっかりした資料・研究書の渉猟に裏づけられた仕事なのに対し、「アナーキー」は書き手の勝手な解釈と人物事典ののっぺりした引き写しの駄文、という天と地ほどの差がありました。

本作の社会主義者たちとの距離の取り方も節度を保っていて、

管野須賀子たちにとっては、とうてい、国家元首の暗殺の実行までたどりつけるほどの強い動機はありません。口先だけなんです。本気で、どうすれば確実に天皇に爆弾を投げつけられることができ、また、それが致命傷を負わせられるか、そして、その後、どうやって、どんな社会変革をはかっていこうと考えるのか、話しあった形跡がまったくないでしょう?(p.82)

彼らと同時代、二○世紀の初頭に米国の連邦最高裁判事を長くつとめたオリヴァー・ウェンデル・ホームズは、左翼の労働運動家や無政府主義者が政府転覆を主張していたことを理由に米国の法廷が彼らへの重罪判決を下そうとする傾向が強まっていることに反対し、そうした被告たちの日ごろの主張は、未熟な想念をだらだらと述べるだけの「牛のよだれ」のようなものであって、そんなものをまじめな審理の対象とすべきではないのだ、と述べています。これにならって言うなら、これらの大逆事件の被告たちを死刑にするために並べられた罪状も、粗末な「牛のよだれ」の寄せ集めによってできています。(p.83)

冷静に見ている目に安定感があります。これも「アナーキー」が、自分勝手に大杉栄を偶像視して祭り上げて、中森一人がまいあがっちゃってる(反対に読者は読めば読むほどしらける)のとは対照的。記述の対象にたいして熱をあげるなとはいわないけれど、どこかに冷静な目、批評がないと、読まされる方は「つきあいきれないなあ」とか「この書き手は幼稚なんだろうな」と思うだけです。

とにかく、こんな短い感想にはまとめられないほど内容豊富な作品でした。どのトピックも読みやすく、また読み応えがあります。『群像』の創作合評では片山杜秀が加わったようですし、ぜひともこの「暗殺者たち」とりあげててくれればいいなあ。
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